JOURNAL研究紀要

デジタルハリウッド大学では、デジタルメディア、
デジタルコンテンツ分野の研究開発活動を広くご紹介する目的で
「DHU JOURNAL -デジタルハリウッド大学 研究紀要」(ISSN 2189-7395)および

「DHU INTERNATIONAL JOURNAL」(ISSN 2759-1220)を刊行しております。

※全てPDFにてダウンロードしていただけます

2025年度
デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.12 2025』研究紀要論文発表会(2025年12月20日開催)参加レポート

 

 

はじめに

今年の研究紀要は12年目になり、日本的な言い方をすれば『干支が一回りした』訳であり、かなりの実績を積み上げてきたことになる。加えて、研究紀要編集幹事の山崎敦子特命教授の尽力の賜物と呼べる国際版(英語版)の発行も3年目を迎え、海外への情報発信も安定した体制に入ったといえるだろう。

ちなみに、今号には論文として採択された原稿の掲載が無い。これは論文として投稿された原稿も厳しい査読の結果、研究ノートとしての掲載に留められたからだ。ただし、これは決して今年度の投稿内容つまり研究内容が例年よりも劣っていたということでは無く、知見の掘り下げ度合いや原稿の完成度が論文として扱うべき基準に到達しなかったに過ぎないのだろうし、良くあるように微妙な内容でも論文扱いして水増しするような、ありがちな行為とは対極にあると思う。
これは、紀要の巻頭言で山崎教授がおっしゃっているように、「高等教育機関の学術誌として、一定の学術的基準を維持し、論文の質の維持と向上を重視している」からこその結果であり、つまりは大学運営の在り方に矜持とポリシーがあることの証左だと思えるのだ。
ともあれ、研究紀要に掲載された原稿は、研究ノートにも研究報告にもユニークな視点や取り組みの紹介が満載されている。特にデジタルハリウッド大学の大きな特徴である、職員と教員の連携による教職協働を体現したような研究発表が今年も多く見受けられることは特筆しておきたい。
また、例年同様ではあるが、国際版には英語で記述された投稿が掲載されており、決して単なる日本語版の英訳では無いということもデジタルハリウッド大学の研究紀要ならではの特徴といえるだろう。つまり、それぞれは独立した内容である。是非とも、研究紀要の日本語版と国際版の双方に目を通して頂きたい。

 

—-
【研究ノート】体験型空間コンテンツのプロトタイピングシステム
川名 宏和|デジタルハリウッド大学大学院 特任准教授
後藤 征章|大学事業部 大学院運営グループ チーフ


最初の発表は、川名特任准教授によるコンテンツのプロトタイピングシステムという、実にユニークな着眼点での発表である。
空間に作用するデジタルコンテンツが著しく増加し拡張している現在、デジタルハリウッドの特徴の一つである、サイエンスとエンジニアリングとアートとデザインの融合もしくは領域の横断による新たな気づきや学びを学生達に体験させていく中で、川名特任准教授らは学生達による新たな取り組みにおいて「テクノロジーの習得が障壁になる」と考えた。誤解の無いように書き添えると、これはデザインやエモーションにフォーカスした取り組みに向き合う学生にとって、それを実装するためのテクノロジーの習得や知見の獲得が大きな負担になる、という意味だ。実際、なにか作ってみたいアイデアを思いついても、それを実装する専門知識がないと作りたいモノまで到達できないというのは多くの人がぶつかる壁だと思うし、デジタル技術の場合はハードウェアとソフトウェア共にその閾値というか、特に初期段階でのハードルが高い。
そこで、川名特任准教授らは、その負荷を軽減させることを目的として、学生向けにコンテンツのプロトタイピングシステムを提供し、デザイン分野でのプロトタイピングをシステム化することで、インタラクティブメディアにおける創作内容の構想や編集や空間利用の工夫といったアイデアに集中できる学習環境を構築することを目指した。
その取り組みの詳細は研究紀要を読んで頂くとして、川名特任准教授らはオリジナルのハードウェアとソフトウェアによる体験型空間コンテンツのプロトタイピングシステムを組み上げ、それをデザインエンジニアリングの授業で4年間継続して評価したという。
その結果として、エンジニアリングの障壁を取り払うことで、学生達は体験型空間コンテンツの創作に気軽に取り組めるようになったそうだ。テクニカルな部分を作ることの大変さを払拭された学生達は、自分から工夫して色々なことに取り組み始めたそうで、それ自体が、このプロトタイピングシステムの必要性と素晴らしさの両方を物語っているといっても良いだろう。
川名特任准教授のいう、「エンジニアリングの部分は圧倒的に時間を消費する・・・そこをカットすることで、試行錯誤や工夫がドンドンできるようになる。つまりモノづくりの基本の部分が進む」という説明は、かつてプログラム言語の習得に苦労した経験のある自分としても、実に腑に落ちたのである。
—-
【研究ノート】生成AIによる機材貸出管理の現場型DX事例
沖 昇|大学事業部 大学院運営グループ / 産学官連携センター


発表者である沖氏は大学運営側の業務を担当されているのだが、その中で、少ない職員リソースを割かれている機材の貸し出しというパートをAIで効率化できないかと思い立ったそうだ。これは、学生達が制作活動に必要とする機材を大学側が都度貸し出すという仕組みなのだが、従来は機材の予約がすべて物理的な往来と紙への記入で行われていたため、学生側もスタッフ側も相当な労力と時間を費やさざるを得なかったという。そこで、学生サービスの向上とスタッフ側の負荷低減、併せて属人的な作業ノウハウへの依存状態を解消すべく、AIの力を借りてシステム化することにしたそうだ。
その結果として、このシステムの導入によって概算で年間で70〜100時間程度が浮くことになり、その空いた時間は別の価値創造や学生サービスへ振り向けることが出来るようになって来ているという。機材貸し出しサービスを提供する側と受ける側の双方にストレスを無くすことの大切さと、コストや対応時間の削減など、それによって生み出される価値の大きさは研究紀要の研究ノートに書かれている通りなのだが、その他にも「思考のパートナーとしてAI活用」など、AIエージェント活用を「実践してみた」経験ならではの気づき・ノウハウが多く記載されていることにも着目したい。
沖氏がいう通り、「現場のDXは(現場を知っている)現場の人にしかできない」だろうし、そこで「AIの活用によってプログラミングが出来ない人間でもDXが出来るようになる」ということは、今後は社会のあらゆる場面で、「その課題に直面している人自身によるDXでの問題解決」が出来るようになる、ということだ。そして、ご自分で「プログラミングが出来ない」という沖氏の成功事例が示すように、AI活用によるDXの最大のポイントは、実はそこにあるのだろう。
そして、こういった取り組みをフレキシブルに、かつ相当な速度感を持ってチャレンジできるデジタルハリウッドの体制と文化は、是非ともいろいろなところにも見習って欲しいものだと思う。

—-
【研究ノート】契約管理におけるブロックチェーン信用基盤(Blockchain Trust Infrastructure for Contract Management)
藤本 浩司|デジタルハリウッド大学大学院 院生

<この研究ノートの掲載は国際版のみとなっていることに留意されたい>

FORTRAN全盛の時代から、長らくITとインターネットに関わってきた藤本氏の発表は、ブロックチェーン技術を利用した契約管理基盤によって、現状のデジタル社会で大きなウィークポイントとなりつつある「プラットフォーム依存の構造」、つまり本来は分散型であったはずのインターネットを覆う中央集権型のサービス構造から脱却できる仕組みを実現することだ。
確かに現在のインターネットで覇権を握るサービス群は、いずれも巨大なプラットフォーム企業によって提供されているものばかりであり、藤本氏のいう通り、それらが「データ主権の喪失やサービス継続性のリスクプロセスのブラックボックス化」といった問題を内包していることは周知の事実である。
そこで藤本氏は、既存プラットフォームに依存する構造から脱却すべきアプリケーションの一つとして「契約管理」にフォーカスし、第三者では無く当事者が自ら検証する仕組みの実装を考えた。なぜなら現状では「各種の電子契約サービスも第三者に依存している姿は変わらず、紙が電子データになっただけといえるから」だそうだ。
その検討の詳細は研究紀要を読んで頂くとして、藤本氏のいう自律分散型組織による「自己主権」の実現と「価値交換と信用を支える社会基盤作り」を目指すビジョンには大いに興味をそそられた。

—-
【研究ノート】生成AI時代のアニメ産業における進化的エコシステムの不在とデジタルゲーム産業との比較
森 祐治|デジタルハリウッド大学大学院 教授


昨年と同様に、コンテンツ産業のあり方にフォーカスする森教授の今年の発表は、「アニメ産業」が「生成AI時代」の到来によって、どのような波を受けることになるのか?という視点での洞察であり、研究ノートのタイトルが物語っている通り、国内のアニメ産業は「デジタルゲーム産業」と比較して「進化的エコシステムが欠けている」という鋭い視点で現状を読み解いていく。
森教授は、国産アニメのエコシステムはTV放送を基盤としており、アニメ作品を作って放映し、それをグッズ化するといったエコシステム自体はうまく機能していて、ファンの人たちが楽しめる世界が出来ているが、それをもっと効率よくするとか人手不足を解消したいとか考えた時に、その解は「イノベーション」しかないという。
ところが、国産アニメの制作プロセスには、イノベーションを入れるような仕組みが全くなく、しかも(TV放映を前提とした過密なスケジュールによって)常に時間に追われているので、そもそも新しいことに取り組む余裕もないのだそうだ。
そこで、アニメ産業の最先端にいる森教授が、その解決策を探すためにデジタルゲーム業界を観察してみたところ、ゲーム産業にはイノベーションを引き起こす「エッジ」が要所要所に食い込んでくるようなエコシステムが存在しているが、アニメ業界にはそれがない(乏しい)という事実に気が付く。
これは、ゲーム産業においてはゲームそのもののクリエイター集団のみならず、開発用プラットフォームを提供するソフトウェアベンダーや、新たなアルゴリズムを生み出す(あるいは生み出したい)開発者や表現者など、ゲームコンテンツ周辺の様々な人たちを巻き込んでゲームを進化させているのに対して、アニメ産業においてはそうした「周辺との関わり」がほとんど無いことに起因するらしい。
例えば、森教授の調査によると、ゲーム関係の学会ではクリエイターと第三者がタッグを組んだ「共同発表(イノベーションを引き起こす種といったところだろうか)」がかなりのパーセンテージで存在しているのに対して、国内のアニメ系学会では、そうした学術関係やベンダーとの共同発表が皆無に等しいのだという。これはつまり、アニメ制作に関わる人々や企業やグループが、それぞれのユニットごとに固まってしまい、外部とコミュニケーションやコラボレーションをしていない、そうした場を提供できていないことの現れのようである。
しかし、逆にいえばこれは、アニメ産業においてもゲーム産業と同様に「学会や大学などとの協同研究などが、イノベーションの切っ掛けとして有効かもしれない」ことを示唆しているという。
また、今はまだアニメ制作会社におけるAI活用は、背景や一部のアクションシーンの作業を置き換える役割しか使われていないそうだが、今後は、AIがあることを前提にしたAI-BPR〜AIによるビジネスプロセス・リエンジニアリング(アニメ産業においては制作プロセスのリエンジニアリング)〜を取り入れていくことでブレークスルーを発生させることも可能になると考えられるそうだ。
森教授の分析と思索の本質的な部分については、是非とも研究紀要で確認して頂きたいが、産学協働、分野の横断と融合、異文化のマッチングこそは、デジタルハリウッドが本領を発揮する場だ。この森教授の思索がさらに深掘りされて、国内アニメ産業の新しい萌芽へと繋がることを切に願ってやまない。
—-
【研究報告】デジタルハリウッド大学における障がい支援の歩みと取り組み
中村 真子|大学事業部 学部運営グループ


大学運営側スタッフである中村氏の発表は、学生への障がい支援の取り組みについてだ。そうした取り組みは『公平性、継続性、透明性を確保するために制度化する』ことは必須であろうが、発表の中で中村氏ご自身も仰っていた通り、個人の身体性に関わる課題はケースごと(あるいは個人ごと)に個別の対応が必要とされることも多く、組織としての一貫的な取り組みが非常に難しい。
その発表の中で中村氏が取り上げた大きな課題が、「教員の半数以上が非常勤講師であること」だというのは意外だった。しかしいわれてみれば、情報共有や対応の平準化という観点から見ると、共有できる時間帯が非常に限られていることが大きな障壁となるのは自明だ。
そこで、中村氏らは「1年生必修授業の英語科目」において支援情報の共有と連携の体制を構築するというアイデアや、属人的な対応から脱却するために、個人の判断ではなく組織としての合意形成で支援の透明性と公平性を向上させるといった取り組みを行ったそうだ。
中村氏のいう「誰もがクリエイティブな学びを深められる環境を構築する」というデジタルハリウッドらしさの溢れるビジョンの実現に向かって、より一層の取り組み拡大を応援したい。

—-
【研究報告】デジタルハリウッド大学新入生研修20年の振り返り
田宮 よしみ|大学事業部 学部運営グループ


日頃、国際交流を担当している田宮氏は、デジタルハリウッド大学設立の時からいらっしゃるそうで、今年で25年目だそうだ。どうやら初期の新入生研修がロサンゼルスで行われることになった経緯から、国際交流担当の田宮氏が新入生研修のコーディネーションを担当することになったようだが、幾たびかの変遷を経て新入生研修が国内で行われるようになってからもそのまま担当し続け、20年間に渡って新入生研修に携わってきたのは凄いことだと思う。
田宮氏曰く、大学設立当初から残っている人物が自分以外にいなくなったこともあり、20年間の研修の歩みを自分の記憶の中だけで無く、記録として残しておこうというのが今回の研究報告の寄稿に至った動機だそうだ。
その20年間の変遷については研究紀要から読み取って頂きたいが、各々の時代や局面において『実り多い研修』を実現するために、田宮氏を初めとする学部スタッフの方々が血の滲むような尽力をされてきたことが容易に見て取れる内容である。
研修の主な目的である「4年間の学びの動機づけ」と併せて、「学生自身の将来」について実際に考える機会を設けることや、繊細な年頃である「新入生の交友関係」をサポートする、「三つの知る」〜自分自身について知る、同級生について知る、大学や教職員について知る〜 機会を設ける等、「新入生研修というのは学校生活のための単なる知識の付与では無い」のだと、改めて認識することが出来たように思う。様々な点で、この研究報告は新入生研修に関わる他大学のスタッフの方にとっては、大いに参考になる内容であろう。
研究紀要の報告の最後に田宮氏が、「研修のあり方は常に決まった形である必要はなく、これからも学生にどのような体験をさせたいか、どのように成長させたいかを念頭に柔軟に研修を企画運営していくべきであろう」と書かれていたが、常に学生主体で考えるという、その方向性をぶれずに維持してきたことこそが、デジタルハリウッドの新入生研修が積み重ねてきた財産なのかもしれない。

 

(KH記)
—-

ダウンロード
(PDF 27MB)
【研究ノート】ミリ波センサーとAIを使った高齢者の見守りとUIの提案

鄧 佳培|デジタルハリウッド大学大学院 修了生
劉 徳勝|エーテルケア株式会社
鈴木 篤志|エーテルケア株式会社
築地 祥世|エーテルケア株式会社
藤本 紅征|エーテルケア株式会社
橋本 昌嗣|デジタルハリウッド大学大学院 特任教授 / ビジュアル・グラフィックス株式会社

ダウンロード
(PDF 3MB)
【Research Note】 Jaw Motion Tracking in Unity using a monocular camera and ArUco markers

INOUE Takanobu | Digital Hollywood University, Graduate School, Graduate Student / Kobayashi Dental Clinic
SHIRASHIMA Naoto | Digital Hollywood University, Graduate School, Graduate Student
HOSHINO Hiroyuki | Digital Hollywood University, Professor / Graduate School, Project Professor
HASHIMOTO Masatsugu | Digital Hollywood University, Graduate School, Project Professor

ダウンロード
(PDF 2MB)
2024年度
デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.11 2024』研究紀要論文発表会(2024年12月14日開催)参加レポート

 

 

はじめに

2024年12月14日の午後に、2024年度のデジタルハリウッド大学の研究紀要発表会が駿河台キャンパスで開催された。司会進行は大学院研究科長の木原民雄教授と、今回から研究紀要の編集幹事を担当されることになった山崎敦子特命教授の両名である。選抜された研究紀要の著者による発表に対して、大学の学生、大学院の院生、卒業生、修了生、教職員、外部からの聴講の方々により、活発な討議が行われた。

さておき、研究紀要『DHU JOURNAL』の刊行もついに11年目である。この研究紀要の特徴的なところは、一般的な大学発行の「論文集」のように、単に学内で発表された論文を掻き集めたのではないと言うことだ。しかも、掲載候補として検討し始める時点から数えると、この研究紀要への掲載率は5割程度に過ぎないという話なので、それなりに狭き門である。論文の書き方を教える専門科目の配置や、外部の有識者による査読体制や、編集チームがディスカッションを繰り返して論文や研究ノートや報告等の質を高めていく仕組みによって、年間の研究活動の集大成として研究紀要をまとめていくというコンセプトを10年以上も続けているというのは、木原教授や山崎特命教授も口にされていた通り、他の大学でもなかなかみられない取り組みだと言えるだろう。
加えて、昨年度から英語による研究紀要のインターナショナル版が併せて発行されるようになったことも山崎敦子特命教授のご尽力の賜物と聞いている。なんだかんだ言っても学術論文の主たる舞台は英語である。これは日本に限らず、著者がどこの国や文化に属していても、全世界に読んで欲しい論文はみな英語で書く、もしくは英訳も公開するのが当たり前だ。むしろ英文で無ければ引用元として探してすら貰えない。山崎敦子特命教授が担当されている英文で論文を書くための特別講義も、ますます重要度を増していくことだろうと思える。実際に受講されていた院生の福永氏が、英語論文を書けるようになったことで、「世界に発信できる。世界が広がった気がする」と発表の最中に仰っていたが、それは「気がする」では無く、紛れもない事実だと思う。
ちなみに論文等の執筆者自身による当日の発表は5件だったが、研究紀要本体にはその数倍の論文、研究ノート、報告等が掲載されている。ユニークな着眼点に感心したり、何度も読み返してみたくなる内容も多いので、是非とも全体に目を通していただきたい。
特別寄稿で杉山知之学長が述べておられる通り、いま世界は『The Great Transition』の真っ只中に巻き込まれている状況と言えるだろう。昨年は概念すら知られていなかったものが、今年は大勢に利用されていて、来年は全く異なるモノが覇権を握っているかもしれない。そんな時代にこそ、デジタルハリウッド大学のアプローチが新しいサムシングを生み出す可能性は限りなく高いと感じるのである。新しいモノゴトへのチャレンジに繋がる研究の価値は、派手さや受けの良さで決まるものでは無く、ぱっと見では目立たない小さな萌芽に気が付いているかどうか、というところから始まる。その萌芽の一部を垣間見ることが出来るという意味でも、この研究紀要に目を通す意義は大きいと思うのだ。大学院の藤井直敬卓越教授も、特別寄稿の中で「たくさん挑戦した人にしか持てない引き出しが失敗だ」という主旨のことを仰っているが、まさにその通りだと思うし、デジタルハリウッド大学という特異点のごとき学術機関にあって、チャレンジを行わないのは勿体なさ過ぎる。そうしたユニークで価値あるチャレンジのカタログとも言えるのが、この『DHU JOURNAL』なのだと書き添えておきたい。

 

—-
【論文】日本コンテンツの海外市場におけるシェア推計とその成長戦略への考察
森 祐治|デジタルハリウッド大学大学院 教授


ひとつ目の発表は森教授による国産コンテンツ産業に関する考察である。Cool Japanという掛け声の下、官民揃って国産コンテンツの市場を大幅に拡大するという姿勢は良いのだが、では、その対象となる全体の市場規模や現時点のシェアと言った、スタート地点がしっかりと理解されているのかというと、その認識自体が実はあやふやなのでは無いかという気づきから森教授の考察は始まっている。
しかも、国策と言いつつも具体的に市場を拡大させるための手法や必要条件は示されていないと言う。しかしながら、ビジネス目線では数字による定量的な評価と、それに基づく戦略が不可欠だ。そこで、森教授は、頼りになる数字を得るために、自分自身で市場規模を推計しようと調査を始めたと言う。
推計内容の詳細や個々の数値については論文に目を通して頂くとして、新たに推計を行った結果、実際のシェアは政府による推計よりも低いと考えられることが分かった。もちろん、現状が低いから駄目だという訳でも無いが、逆に言語の壁などを無視して、「現状が低いならば、まだまだ伸びしろがある」と単純に解釈することも危険だと森教授は警鐘を鳴らす。
国際的な映像コンテンツ市場における言語、民族、文化等の壁は依然として高く、これまでのように「海外のチャネルに権利が売れたらそれで完了」という姿勢のままでは、リブート版クールジャパン提言で示されているような大幅なシェア拡大は難しそうに思える。言語の壁を乗り越えることについては、自動翻訳や配信サービスの拡大等、テクノロジーの発達で楽になってきていると言えるが、直近で問題がすべて解決される訳でも無い。
クールジャパンというお題目に乗っていれば「何もせずに海外シェアが伸びるほど甘い市場ではない」ということを制作者や権利者がしっかりと認識し、自らアクティブに海外市場でのマーケティングに取り組んでいくことが必要なのでは無いだろうか。
森教授の求める着地点は、「海外でのシェアを高めるためにどのような戦略・戦術が必要か」をしっかりした数字を基盤にして考えることだろう。今後は、この推計に創発されてさらに踏み込んだ分析や具体的な手法論の検討を始める方も多いと思う。
個人的にも、商用映像コンテンツの制作と流通に関わる方々には、必ず研究紀要の論文に目を通して頂きたい発表だと感じた。
—-
【研究ノート】Effective Leadership in Virtual Teams
福永壽美子|デジタルハリウッド大学大学院


<この研究ノートの掲載は国際版のみとなっていることに留意されたい>
社会人大学院生である福永氏の発表は、『バーチャルチームにおける効果的なリーダーシップ』である。研究者/コンサルタントとして豊富な経験を持つ福永氏は、社会状況の変化を契機とした自身の3年間に及ぶ完全なフルリーモートワークの実践を通じて、解決すべき様々な課題に直面したという。
その中で、オンラインコミュニケーションを主軸とした「バーチャルチーム」へのマネージメントスキームの必要性を痛感して検討を始めるのだが、福永氏がユニークなのは、オンライン対戦ゲームのチームに対してのグループインタビューや、実際のゲーム対戦中の会話や行動の分析を行っていることだ。ビジネスを軍事活動に置き換えて表現したり検討するのは昔から普遍的に行われていることではあるけれど、コミュニケーションはオンラインのみという制約が入ってくると、旧来の組織論では噛み合わない事柄が頻出するだろう。次々と変化する状況にチームで立ち向かい、最適解を求めて迅速に行動していくという点において、ビジネス現場とチーム対戦型オンラインゲームの共通点は意外に多いのかもしれない。
もちろん、福永氏自身が指摘している通り、流動的な人員編成で短期的な目標達成に重きを置く対戦ゲームと、目標が長期的で人員や資源の流動性が低いビジネス環境で同じアプローチがそのまま通用するはずは無いが、逆に言えば、企業の長期的なビジョンも日々の微細な意志決定とアクションの積み重ねによって成立していくわけであり、迅速に動けるチームをリファレンスにするのは理に適っていると思う。
その分析内容については研究紀要を読んで頂きたいが、個人的に大きく共感したのは、時間感覚(これは投げかけられたコミュニケーションに対するレスポンスタイムのことだ)を摺り合わせられないメンバーとの協働が心理的に大きな負荷を生むことや、ユーモアを活用することでメンバーに心理的な安全性(チームに所属する安心感)を与えることの重要性についてだった。実際、メンバー交代が容易なゲームのチーム編成と較べて、ビジネスでは人材の流動性が非常に低い上に、各人のスキルより立場が重視されるケースも多いだろうと思える。特にバーチャルチームでは、相手の状況を理解・察知しにくく、信頼関係の構築やプロトコルの共有が難しいという事実は、意外と見過ごされている。あるいは、口先だけで諳んじられているケースも多いのでは無いだろうか。
ともあれ、迅速なコミュニケーション体制を持つことが企業にとって有用なのは間違いない訳で、福永氏が企業内では無く、対戦ゲームというジャンルから新たな知見を得ようとしたことは、実に優れた目の付け所だと感じられた発表だった。
—-
【報告】デジタルハリウッド大学における退学率10%減の施策報告
伊藤 真弓|デジタルハリウッド大学 学部運営グループ マネージャー


学部運営グループのマネージャーである伊藤氏からの報告は、様々な取り組みによってデジタルハリウッド大学の学部生の退学率を直近で10%も削減できたという驚くべき成果についてだった。どこの大学でも学生側の事情で退学するケースは一定数あるものだし、社会状況や経済状況などの外部環境の大きな変化がある場合を除いて、その退学率はさほど変動しないモノのように思える。言い替えると、デジタルハリウッド大学に限らず、改善が難しい事柄だと言っても差し支えないだろう。
しかし、伊藤氏と事務局チームは、「大学のシステムやルールの変更を厭わず、学生の声を聞いて、良い環境を作っていく」という思想のもとに、運営土台の建て直しに真っ向から挑戦した。ちなみに、従来は初年度出席不振の学生に集中的な個別対応を行っていたが、途中からもっと学生全体、根本的な学習環境に対して働きかけた方が良いのではないかと気づき、その視点で大小様々な試みを実施したそうだ。
発表を聞いた印象としては、以前から行われていた退学防止を目指した取り組みは、恐らく多くの教育機関で普遍的に行われていることであり、「退学させない」ためのアクションだったと言えるだろう。それに対して、伊藤氏のチームが主導した学生ポータルサイトの導入や学生行事への支援といった新しい取り組みは、従来の概念では「退学防止・退学率低減」という枠組には入らないものでは無いかと感じる。つまり「退学させない」ための施策から、より広い視野から学生達の心情に踏み込み、「退学したくない=居続けたい環境作り」へと大きく舵を切った訳だ。
言葉にすればシンプルだし、ごく当たり前のことのように感じるかもしれないが、学生の満足度を向上させるには何が必要かを調査、検討し、実際に改善していく行動には大変な労力や気配り、検討が必要だっただろうと推察できる。そして、学生の活躍機会を増やして露出する取り組み等が、現実に退学率の低下として実を結んだ結果を見て、伊藤氏が冒頭で述べた「学生の言葉を聞く」という言葉の真意が腑に落ちた思いだ。
また、個人的に伊藤氏の発表の中で特に印象に残ったのが、学生に向けて『「挑戦してみろ」と言う言葉は良く聞くが、「でも失敗しないで」というカッコ書きが付いているような気がする。デジタルハリウッド大学は失敗してもいい場所にしたい』という主旨の発言だった。個人的にも、現在、日本の若者がおかれている状況の中でもっとも不憫なことが、「失敗を許さない社会」だと考えている私としては、これには激しく同意したい。研究紀要の報告に書かれている通り、「失敗を恐れず挑戦できる環境を学生に提供し、この大学でよかったと思う学生を一人でも増やしていきたい」という揺るぎないコンセプトで就学環境改善に取り組む伊藤氏らの活動が、デジタルハリウッド大学を選んだ学生達と、これから入学してくる学生たちのために、今後もたゆまず続けられていくことを願ってやまない。
—-
【報告】DHUにおける約束と信頼に基づく学費支援策による学生定着と卒業率向上
金野 秀彦|デジタルハリウッド大学 事務局 学費・奨学金担当


事務局で学費関係を担当されている金野氏の発表は、先の伊藤氏と同様に卒業率を向上させる取り組みなのだが、こちらはズバリ、学業に掛かる費用の問題に取り組んだ「学費支援策」である。
発表内で触れられていたが、金野氏らが対策に取り組み始める2012年までは、デジタルハリウッド大学での「卒業できない学生」の比率は非常に高かったそうだ。それも他大学と比較して相当なレベルで、である。
そこで、金野氏は中退した学生の傾向を分析し、必ずしも修学意欲が低下した訳では無く、卒業できた学生と同等の成績を維持していながらも、経済的な理由によって中退した学生達が多数存在することに注目する。金野氏が注目したグループは、「勉強が嫌になったから中退する」とか「他のことがしたくなったから転学する」のではなく、「勉強する意欲と能力はあるのに、何らかの事情で経済的に厳しい」という学生達だ。そして、この「経済的理由による中退群」の学生の多くが、無事に卒業した学生達と重なる成績を残していたことが、解決策や可能性を見出す重要なポイントとなったそうである。
金野氏は、これらの学生達が「経済的困難に対する適切な支援や準備さえ整っていれば、卒業できた可能性が高い」と推測し、その対応方法を考察する。学生側の目線に立てば、卒業の可能性が見えないと学費を払わなくなるのは当然とも言えるし、スタッフ側にも中退・除籍の原因が学費だった場合、「致し方ない」といった諦めがあったそうだが、ここが盲点では無いかと気付いた金野氏は、この諦観が「学校と学生、さらには学費支弁者との間に十分な約束や信頼を築けなかったから生じたもの」だと考え、学生と大学の間で「約束と信頼」を基盤とする学費支援策を打ち出す。
そのプロセスの詳細や、コンセプトである「約束と信頼」の定義は研究紀要を読んで頂くとして、「数字に出来ないことの約束は守ることも守らせることも難しい」という事実は、金野氏の言う通りだろう。
ともあれ、様々な支援策を実行した結果、学費問題による中退は約半減したと言うのである。正直、これは著しい成果だと思う。金野氏の「学生は修得単位数や学習状況に問題がない限り、経済的な問題は解決できる、解決すべきだ」という信念が、実績として表れたと言っても差し支えないだろう。
蛇足ではあるが、卒業率向上に向けたスタッフ側の取り組みである伊藤氏と金野氏の報告が「研究紀要」に掲載されている事こそ、高等教育機関としてのデジタルハリウッド大学の素晴らしさだと感じたことを付記しておきたい。他の大学でも当然ながら学業支援の取り組みは色々と行っているのだろうが、それらの具体的な内容が表に出てくることはまず無いと言っていい。ほとんどの大学において学校運営に関する諸々はサポート業務であって、なんと言うか、、、研究教育活動の一環では無いと認識されているからだ。
しかしながら、大学を大学たらしめている学生達の意欲向上と学習環境全体の改善を図らずして、どんな成果が期待できよう。最先端のサイエンスに関する話題と、学生の心情に寄り添う取り組みが同列に扱われるデジタルハリウッドの文化を、この先も変わらず育てていって欲しいと切に思う。
—-
【報告】デジタルハリウッド大学大学院セミナーシリーズ「AI Bricolage Session」実施報告
福岡 俊弘|デジタルハリウッド大学大学院 特命教授


福岡特命教授の主催した「AI Bricolage Session」は、2024年度に5回に渡って行われた連続セミナーシリーズであり、AIをどう捉えるか、人間にとってAIはどんな意味を持つのかについて、様々な分野の専門家をゲストに招いて対談を行っている。その内容はAIにまつわる技術から哲学、倫理まで、非常に幅広く、かつ深いものであり、とても10分や20分の発表で伝えきれるモノでは無いので、ここでの発表内容はあくまでも実施の報告と、福岡特命教授自身が対談中に印象を受けたゲストコメントなどの紹介である。
その中で、福岡特命教授は、第5回のゲストである武邑光裕氏がコメントした、「AIに意志決定を委ねるようになって人間が考える力を失うかもしれない」、しかし、「人間が知性を行使する限りにおいては、生成AIは存在する意味がある」という視点を紹介されていたが、こうした卓越した思索がポロリと出てくるところも、ライブセッションならではの、面白く、かつ意味深いところだろう。
ともあれ、5回に渡る対談内容全体をここで単純に要約してしまってはセッションの本質を見失うことになりかねないと思われるし、研究紀要に掲載された報告内には各セッションの記録映像のURL等も記載されているので、どのようなカタチであれAIに関わっている方々には、是非とも研究紀要と記録映像に目を通して欲しいと思う。
そして個人的にも、これらのセッションで福岡特命教授が得た知見やパースペクティブから、どのような「ブリコラージュ」が生まれ出てくるのか、次の展開が非常に楽しみでもある。
また、研究紀要には書かれていないのだが、開催の後日談として福岡教授は生成AIを使って編集機能を作り上げ、この5回のセッションの内容をAIにまとめさせるという事を試みているが、その結果、いや成果と言うべきか、は驚くべきモノだ。
長きに渡って週刊アスキー等の編集長を務めてきた福岡特命教授ならではの視座が存分に生かされた「AIとの付き合い方」は、どのような答えを導き出すのか、今後、このセッションで得られた広く深い知見を今後どのように拡張させていくのかと、いまから次の展開が楽しみで仕方が無い発表内容だった。
2025年度は、「クリエイターと生成AI」をテーマに連続セッションを開催したいと考えておられるそうなので、さらなる思索の発展が行われることを大いに期待したい。

 

(KH記)
—-

ダウンロード
(PDF )
2023年度
デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.10 2023』研究紀要論文発表会(2023年12月16日開催)参加レポート

はじめに

デジタルハリウッド大学の研究紀要論文発表会は、2023年度も駿河台キャンパスでの開催となった。
司会進行は例年通り、研究紀要の編集幹事である木原民雄教授である。

山崎敦子特命教授の尽力により、今回からインターナショナル版(英語版)も発行されることになったそうで、デジタルハリウッド大学の活動が広く世界へ向けて発信されていく原動力となるだろう。
大学院の紹介で語られたように、働きながら学ぶ社会人と、大学の学部からの進学と、海外からの留学生とが概ね1/3ずつのこの大学院において、年刊の論文集である研究紀要は、研究発表の力を国際的なレベルで育成する全学的な仕組みとして機能している。
また、2023年度から「デジタルマーケティング」「メディアプロデュース」「メディアアート特論」「情報倫理と情報哲学」といった科目を立ち上げ、さらに、2024年度は「アントレプレナー特論」「デジタルテクノロジー原論」「グローバルプロジェクト特論」などといった科目の新設を予定しているそうなので、今後も幅広い研究テーマの論文が集まりそうで楽しみである。
杉山知之学長のステートメントにもあるように、ありとあらゆるコトが試せるような自由さを人類は手にしつつある。そしてその自由をどう使うのか、そこでの倫理観、世界観、未来観が人類社会のこれからを変えてしまうのだという視座は、世界の全てのひとびとが意識すべきことなのではないかと思う。
まとめとして、木原教授から、この日の全ての発表が同じような切りくちで、自らが取り組んだ営みということを強調して研究活動が語られたようになっており、その共時感が作為なく現れた研究発表会となっていたことで、とても元気がでたとの感想があった。山崎特命教授からは、他での研究発表の催しに比べて、この発表会がとてもポジティブな雰囲気であったことの嬉しさが語られた。

この日の発表会では、会場の院生たちによって活発な質疑応答が行われたのもたいへん印象的であった。
なお、この日の発表にはピックアップされていない多種多様なタイトルも含めて、詳細は『DHU JOURNAL Vol.10 2023』に掲載されているので、ぜひそちらをご覧いただきたい。
この研究紀要の発行自体も今年度で10年目となっており、まさに節目の達成を感じさせる発表会だった。
(KH記)

 

「教育データを大規模言語モデルに学習させるための 社会的環境構築調査」藤井 政登

藤井氏の最終目標は個別最適化によって、それぞれの人が自分の好きなように生涯学習を行えるようになるという魅力的なモノだ。そのために、教育に関するスキルセットのデータによってLLM〜大規模言語モデルの学習を行い、教育関連の質問をすると適切な回答、この場合は個別最適化学習の具体的な方法論などが返ってくるLLMのエンジン制作を目標としているそうで、今回の報告はその実現に向けてのスタディという感じであったが、実に興味深い報告だった。データセットを揃えることからハードウェアの運用コストに至るまで、様々なポイントにおいて多大な苦労をなされている様子が伺えたが、同時に将来性と言うか、実現の手応えを十分に感じられた。「個別最適化こそが効果的な生涯学習の解である」という信念と、それを「実現する手段としてのLLMの活用」という明快な方法論を読み取れたようにも思え、ぜひ次年度も研究の進捗状況を報告していただきたいと感じる内容だった。

 

「成人向け食教育におけるコミュニケーションメソッドを用いたワークショップ実践ノート」髙橋 佳代子

栄養士出身であり、その経験を元に「食事」というメディアを通じて人と暮らしの多様性を考え、生きることを支援するというテーマに取り組み続けている髙橋氏は、昨年に続いて「成人のための食育ワークショッププログラム」の実践結果を発表された。今年の取り組みとして面白いのは、ワークショップにおいて調理や試食と言った実体験型の要素を入れずに対話型のプログラムのみによって実施したことだ。これは参加者からの提案がきっかけだったそうだが、結論として参加者同士の哲学対話などによって、十分にポジティブな行動変容を引き起こすことができたという。また、ワークショップの始めに「正解を持って帰ろうと思わないでほしい」と告げられているそうだが、「唯一無二の正解」の否定こそが、多様性を支える根幹ではないかとも感じられた。調理や試食のような実体験が言葉に代えがたいメディアであることも事実だが、参加者がまず「自分の言葉で話すことによる行動変容の方が大きい」ということが、髙橋氏自身にとっての大きな気づきになったという点が、実に興味深かった。

 

「情報圏の規範理論」前田 邦宏 The Normative Theory in the Infosphere MAEDA Kunihiro 

かつて『関心空間』というソーシャルメディアを立ち上げ、現在では「情報倫理と情報哲学」の科目を担当されている前田教授によって、情報圏の規範理論という興味深いプレゼンテーションが行われた。この情報倫理は一般的に言う情報倫理のイメージ、つまり「悪いことを防ぐ」ための枠組みではなく、逆に「世の中を善くする活動」について考え、行動していくことを示している。これは非常に前衛的な取り組みであると思えるためにとてもひとことで言い表せないのだが、金銭的利益や競争での勝利を目指すのではなく、「世の中を善くするためのモデリングをする」という前田教授のプレゼンテーション中に出てきた言葉が、そのアクションを最も的確に言い表しているように感じた。すでに「ビジネスモデル」という単語が社会に根づいてから久しいが、それに倣って言えば前田教授が強調する「善の循環図」について考えることは、「世界を幸福化するモデル」の構築とも捉えられるのかも知れない。「倫理」とは哲学であり、システムでもあるということを深く考えさせられた発表だった。

 

「Relationships between Success Skills for Young Professionals and Competency Enhancement in University Education: from the Perspective of PROG Test Measurements」Atsuko K. Yamazaki

山崎特命教授のプレゼンテーションは、若手専門家の成功スキルと大学教育での能力強化の関係をPROGテスト測定の視点から分析するというものだった。卒業後の社会が求めているスキルや各自が思い描いたように活躍できるかという点と、大学での教育内容とにギャップがあるのでは?という認識が増加してきているのは周知の事実だろう。では、大学側はどうすれば良いのか? まずは教育成果のアセスメントを行い、ちゃんと可視化して評価すべきではないかという所から考察が始まるが、それには卒業後の追跡調査が必須となる。それも、仕事における自主性や能動性、取り組みの姿勢といったメンタルなものと大学での教育内容にどのような相関があるのかを明らかにするのが目的だと言う。ちなみに分析内容の詳細は省くが、今回の考察データの元になっている「PROGテスト」というのはすでに多くの高等教育機関での採用実績があるそうだ。教育分野に限らず、長期的な視点での事後評価の大切さが注目されているのは昨今の世界的な趨勢だが、それを掛け声に留めずきちんと定量化して評価していくためには、こうした取り組みが必須となって行くではあろう事は容易に想像できる。

 

「『ホームカミングデー2023』から見出した新たな起点」楢木野 綾子

長年に渡ってDHUを裏方として支えてきた楢木野氏は、卒業生の交流組織である「校友会」のイベントについて報告をした。俗に言う「同窓会」を定期的、組織的に毎年開催している大学はごく普通であるが、それを単なるノスタルジーや想い出の確認でもなければ、卒業後の人脈作りだけでもない、「新しい創発を産み出す活動としての卒業生交流」を念頭に、ビジネスとクリエイティブの両面でコラボレーションが生まれるコミュニティを育てようという発想から始まっているところが、さすがのデジタルハリウッドである。特に感銘を受けたのが、このイベントに参加した各自が卒業後の関係性や相互認識を「アップデートする」という視点であり、日頃からまるで関係なさそうなモノをマッシュアップして新しいモノを生みだしているDHUならではの観点だと唸らせられた。今後、ホームカミングデーは毎年開催されるという話であるし、こうした取り組みにバックアップされることで、卒業生達の中で「全てをエンターテイメントにせよ!」の理念が社会に出てからもずっと生き続けていくのだろう。

リンク:DHU JOUNAL Vol.10 2023

(KH記)

ダウンロード
(PDF )
2022年度
デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.09 2022』研究紀要論文発表会(2022年12月17日開催)参加レポート

はじめに

今回のデジタルハリウッド大学の研究紀要論文発表会は、久しぶりにリアル会場が設けられて、駿河台キャンパスで開催された。

残念ながら私自身は所用で足を運べず映像での視聴となったが、会場が映されている状況を見た限り、やはりフェイスツーフェイスを伴う研究発表は、質疑応答やちょっとした隙間時間でのやり取りといったところのレスポンスやヒート感が高い様子が感じられた。
もちろんオンライン開催のメリットも捨てがたいのだが、現在の技術では、知的興奮というか脳のシナプスが一触即発の状態を引き起こすような機会は、残念ながらまだまだリアルで顔を合わせる状況の方が一段上にあるように感じられた。
昔、とある大学教授が「学会発表は終了後のロビーに出てからが(知的交流の)本番」と言ったと聞いた事があるが、実際にそういうカオスな状況の中でこそ、インタラクションによる創発が生じやすいというのは間違いないだろう。
また、こういったエモーショナルな観点におけるテクノロジーの利活用は、それこそデジタルハリウッド大学が本領を発揮する分野だと思うので、オンラインにおける創発の触媒となるような「これまでに無いナニカ」が、是非ここから登場してくることを期待したい。

研究紀要の内容そのものは、公開されている『DHU JOURNAL Vol.09 2022』を参照頂くとして、当日、発表者自身によるプレゼンテーションのあった内容について、ここで簡単なコメントを述べさせて頂きたいと思う。

 

「本学の紹介と大学院の入試説明会」 木原 民雄 教授(編集幹事)

まず最初に、研究紀要の編集幹事であり、本発表会の司会でもある木原教授から、デジタルハリウッド大学と大学院の簡単な説明があった。

改めて聞いてみると、デジタルハリウッド大学の面白いところは、まず2004年に2年間の修士課程である専門職大学院が設立され、その後に四年制の学部が立ち上がったというところだ。
これについては後の発表の中でも触れられているが、デジタルハリウッド大学が「株式会社立」というユニークな運営形態を取っていることのみならず、約28年前の当初のデジタルハリウッド株式会社の創立から、杉山学長が抱いていた「そもそも大学院を創りたかった」という思いに基づいているといえる。
そして念願の大学院設立からすでに19期が経過して、様々なエンターテイメント業界で活躍している第一線の人材を輩出していることに加え、現在では学内に「メディアサイエンス研究所」というバーチャルな研究組織も擁し、ますます研究機関としての地歩を固めつつあると感じられる昨今である。

また、大学院に在籍している学生の約1/3が社会人院生である(ちなみに、残りは約1/3が学部生からの内部進学で、約1/3が海外からの留学生だそうだ)ことからも伺えるが、「社会人が働きながら修士の学位を取得できる」という仕組みを確立していることは特筆に値する機能であり、重要な役割だと思う。
なぜならば、デジタル化の進展に伴って社会の動きが一層ダイナミックかつスピーディーになっている今日、新しい物事への「学び」が生涯に渡って必要とされていく時代が訪れているからだ。昔のように大学を出て就職就労したら、後はその業種での経験を積んでいくだけ、という時代は過ぎ去った。
そういった社会変革の中で、創立時から社会人の学びにフォーカスしてきたデジタルハリウッド大学大学院の存在意義と強みは、今後ますます増していくことと思う。

特に、特徴的なスタイルとして、研究テーマを教員が決めて学生に指導するのでは無く、テーマそのものを学生が発意して持ち込み生み出すことを前提にしていることや、過去の経験と全く無関係なテーマでも構わないとされていることは面白い。何しろ、入学時に研究テーマ(と同時に指導教員もだが)が決まっていなくても良いとされているのだから破天荒である。
要するに、デジタルハリウッド大学大学院という研究機関は、新しいコト、面白いコト、他で出来ないようなコトが学術研究できれば良いのであって、「成果ありき」を目指して何かに取り組む場では無いということだろう。
しかし、これを大学院では無く、企業が新しいサービスや製品の開発に取り組んでいると置き換えてみれば、その必然性が良く分かる。「達成可能な出来上がり範囲」を想定した上で取り組む研究が、これまでに無いものを生み出す可能性が低いことは自明だからだ。

その上で現在は、SEAD(サイエンス、エンジニアリング、アート、デザイン)と呼ぶ4つの領域を、「人文系、芸術系、理工系の学識、技術、能力が相互作用する創発的学究領域」と規定して、カリキュラムに落とし込んでいるそうだが、それらについて学ぶだけで無く、実践する、カタチの有るものとして世の中にリリースすることを目指すことを推奨しているという。
しかもポイントは、これらの4つの領域について、自分の得意分野を選んでフォーカスするというのでは無く、「全ての領域に手を出してみる」というコトを推奨しているところだ。これは、研究者自身が自己の内部において「セルフ相互作用」を生み出すという観点からも、高い効果が期待できる取り組み方だろう。

また、今年度は「デジタルコンテンツ総合研究」と「デジタルコンテンツの理論と実際の架橋」という科目が新設され、さらに来年度からは「デジタルマーケティング」「メディアプロデュース」「メディアアート特論」「デジタルコンテンツ研究基礎」が設置される予定だという。
まさに、各学生の頭の中にあるモノを世の中にリリースするために必須の科目テーマのようにも思え、「世界を幸せにするひと」をどれほど生み出していけるのか、エンターテイメントのアカデミアとしてデジタルハリウッド大学大学院の今後の展開がますます楽しみになってきた。

 

「研究紀要の紹介と研究論文発表会の進め方」 木原 民雄 教授(編集幹事)

ところで、この研究紀要に掲載される内容は、「論文/研究ノート/報告/書評」に大別されている。木原教授より説明があったが、今回の研究紀要では、このうち「論文」の掲載数がゼロである。つまり、研究紀要に応募された論文が全て査読を通じて不採録になったということだが、これは私のような部外者の目からみると、決してマイナスの状態では無い。学内の方々の気持ちとしては忸怩たるモノがあるかもしれないが。
個人的に研究開発の現場をいくつか眺めてきた経験からすると、論文の発表数にしろ引用の多さにしろ、はたまた取得特許の数にしろ、年度ごとに「波」があることは当たり前である。むしろ、そういったことの数字のみを評価基準にして「年間XX件の論文誌掲載」などをノルマのように扱っている研究機関は、粗製濫造の温床になりがちだとさえ思う。
その点では、今回の研究紀要に「論文」の採用が一本も無かったことは、残念ではあるが、デジタルハリウッド大学が真っ当な研究機関として正しく機能していることの証左だと思える。それでも、研究紀要の中には、まだ論文にはなっておらずとも、新しい視座の提示や概念の構築、社会実装への取り組みなどに関する発表が多数見られるし、それらの中から次回には深掘りされた論文が生まれてくるだろうと想像すると、逆に楽しみでもある。
「株式会社立」という独自性の高い存在であるが故に、多くの学校法人と較べて補助金に頼ることが少なく、それが逆に「成果ノルマに追われない純粋なアカデミア」を成立させている大きな要因なのでは無いか?と感じたのは、私個人の穿った考え方かもしれないが。
さて、研究紀要の内容に話を戻すと、特に「らしさ」を感じさせるものとして、通常の研究成果や各種アイデアの発表のみならず、教職協働の理念に基づく学校職員(教員では無い、いわゆるスタッフ系の方々)による発表や発信が必ず含まれ、また、それらが非常に興味深いという点が挙げられる。
これも「株式会社立」の大学ならではと思えるが、そうしたスタッフ系の方々の自主性や創意工夫への取り組みの熱さと厚さには目を見張る。私自身は、そうした組織運営や学生への対応等々には門外漢なのだが、仮に学校運営に関わる方にとってみると、この研究紀要はアイデアとノウハウの宝庫と言えるのでは無いかと、そう思わされるのだ。

 

「デジタルハリウッドの「中の人」たち」 楢木野 綾子

楢木野さんは今年度から校友会の事務局長に就任されたそうだが、これまでのおよそ26年間近くにわたって、デジタルハリウッドのスタッフとしてその変遷を見続け、その真っ只中で活躍してきた。その楢木野さんが、デジタルハリウッドの変遷を、黎明期、再生挑戦期、進化跳躍期と区分けしてた特別寄稿としてレポートされた。
大学院そして大学を設立するということが如何に大変な話か、また、それに携わるということがどれほど希有な経験であるかは、是非、研究紀要に掲載されている楢木野さんのレポートを読んで頂きたいが、個人的に興味深かったのは、「デジタルハリウッド」という杉山学長の概念が、どのようにして社会にカタチを築いてきたのかという「実践」にまつわる苦労話である。
楢木野さんがデジタルハリウッドに入社したのは1996年だそうなので、世は20世紀の終わり、AmazonやGoogleが設立されたドットコムバブルの真っ最中だった。楢木野さんの話からも、当時の社会的トレンドを最前線で感じていた人々の熱が伝わって来たが、逆にこうして時系列で提示されると、この日本における前インターネット時代に、すでにデジタルハリウッドの概念的な原型が誕生していることに驚く。
しかも幾つかのエピソードの中でも触れられているように、専門スクールから始まり大学院と大学の設立へというようにデジタルハリウッドの社会的存在自体が大きく変わっていったにも拘わらず、その本質というか芯にあるモノが一貫していることにも少々驚かされた。
それはやはり、「デジタルハリウッド」という杉山学長のビジョンが当初から一貫していたからこそだと思える。やはり重要なのは、未来をどう創っていくかというビジョンであり、それをどう形にするかというコンセプトである。
楢木野さんは自らの発表を「思い出話」と仰っていたが、未来を創っていくデジタルハリウッドという場所を生み出すために一番大事だったのは何か、それを改めて認識させられる「再確認」のレポートだったと言える。

 

「「情報編集」の15年を振り返って」 福岡 俊弘

本年度末で学部の教員を定年退官し、来年度は特例として大学院の教員となることに決まった福岡教授は、過去15年にわたる学部での教員生活を振り返った報告をされた。
1990年代、日本におけるインターネット文化の勃興期をリアルタイムに過ごした世代であれば知らぬ者のいない雑誌『EYE・COM』と、その後の『週刊アスキー』を通じて20年間にわたって編集長という職務を経験し、また過去15年近くを同時にデジタルハリウッド大学の教員として過ごしてこられた福岡教授は、つまり「プロフェッショナルな編集者としての若手の指導」と、教員としての「学生向けの編集講座」をパラレルに進めてこられたという、希有な経歴の持ち主である。同じジャンルであっても職業訓練とアカデミックな視点での教育は全く異なるものだ。
その福岡教授が、「編集という視点」から見た社会の大きなターニングポイントとして最初に挙げたのが「Google」の登場だ。インターネットと検索エンジンの一般化によって、情報を得るために費やす時間が圧倒的に短くなり、人々は情報が手元に揃うのを「待つ」必要が無くなった。また逆に、検索によって得られない情報は「存在していない」のと同じという状況が生まれ、それは同時に情報を扱うことの意味性や価値を激変させたのだという。そして、それ以降の社会で「情報」は、編集された文脈や暗黙知の階層(ディレクトリ)に則って提供される「知識」ではなく、断片的かつ単体で表層に現れるものとなったという話には、私も「なるほど!」と手を打った。
さすがに編集という分野において定点観測というか、長く携わってきた方ならではの視点が実に興味深い。
当然、それに合わせて福岡教授の行う講義の内容も変化した訳であるが、福岡教授はさらにYouTuberそしてVtuberをはじめとしたCGM(コンシューマージェネレーテッドメディア)の台頭以降を「誰でも編集が出来るようになった時代」と読み替える。その、誰もが編集できるようになった=つまり「在野の編集力が拡大」した時代において、職業上の技能では無く、「編集という知的活動の思考スキル」を学生達に伝えていこうとした福岡教授の講義は、偶然にもインターネットの実世界侵蝕というエポックに遭遇した過去15年間の学生達にとって大きな支えとなったことと感じた。
来年度以降、大学院において福岡教授が「編集という視点のアカデミア」をどのように発展させて学生達に伝えていくのか、非常に楽しみである。

 

「日本の若い世代がもつリカレント教育への認識についての考察」 渡辺 パコ

渡辺教授は昨年に引き続き、教育分野への知見に関する研究ノートを発表された。ここでのキーワードは「リカレント教育」であり、それは「社会に出てからも学んで仕事の能力を高めることの価値」についての考察である。
渡辺教授は、リアルタイムで教育の現場にいる指導者ならではの視点で、ひょっとすると若手世代に「学ぶことの価値」が理解されていないのでは無いか? という疑問から推論をスタートする。そこで渡辺教授は、「若年層においては学ぶことへの関心が薄いのでは無いか?」、また「学習対象も英語や資格取得など実利的な事柄にフォーカスされているのでは無いか?」、そして「就業後に必要になっていくポータブルスキルを意識していないのでは無いか?」という仮説を立て、実際にアンケート調査を行われたそうだ。
その調査結果によると、みな学ぶことが重要だという認識はあるが(渡辺教授の言葉を私なりに咀嚼して捉えると)表層的でリアリティが低い。また学習対象については、各種の資格取得とIT系にフォーカスしており、しかもその要求レベルは低い。そして、一部の人を除きポータブルスキルへの注目度は低い、という結果になったという。
その詳細は研究紀要から読み取って頂くとして、個人的には渡辺教授が「ポータブルスキル」に対する若年層の認識を重視していることに注目したい。かつての終身雇用の時代から、転職が当たり前の時代になり、いまでは更に、生涯を通じて多彩な職種業種を変遷していくことも一般的になりつつある現在、ポータブルスキル=つまり「あらゆる業種職種に共通して、ビジネスに関わる上で普遍的に共通して必要になるもの」は、これからの社会で働いてく上で必須の概念であると思われる。終身雇用の時代であれば、その会社の業務内容に精通すれば一生それで不足無く過ごして行けた訳であるが、転職(というか雇用の流動性)が当たり前の時代になると、ある特定の会社の中では無く、「業界全体」に対しての知識や判断力が求められるようになった訳であるし、さらに今後は「個の問題解決力、業務遂行能力」を支えるポータブルスキルの拡充が「個の責任において」求められていくようになるだろう。
つまり自分自身のスキルを伸ばすためには、昔ながらのOJT(On the Job Training)に頼っている訳には行かない時代だ。学びの当事者である若者達に、「何を学ぶべきか?」の具体性を持たせること、そして、学びが収入と仕事のやりがいに直結していることをしっかりと認識して貰うことが必要になってくる。それらの点からも、特にポータブルスキルにフォーカスした「リカレント教育」というテーマについて深掘りしていくことは、デジタルハリウッド大学にとって今後ますます重要な取り組みになると感じられた。

 

「成人の栄養課題と解決のためのワークショッププログラムの実施」 髙橋 佳代子

現役の社会人院生である髙橋さんは、「食事摂取における気づきと言語化」というユニークなテーマでの研究に関する報告を行った。
このテーマは髙橋さんの『社員食堂』を舞台とした実務経験の中から生まれたものだそうであるが、大抵の人にとっては栄養学的に何を食べたらいいか分からない、また、嗜好として食べたいモノと健康的に食べると良いモノの一致具合(または乖離具合)が分からないというのは、言われてみるとなるほどである。自分自身の食生活を振り返ってみても、正直に言って食事内容を論理的定量的に考えたことなどほとんど無いし、せいぜいダイエットに取り組んだ時期に一日の総摂取カロリーを気にしていたという程度が個人的な経験値の全てだと言っていい。確かに髙橋さんのいう通り、食べたいと思うモノと栄養学的に食べた方が良いモノの乖離は、自分では中々把握できないのだ。
元々、栄養士としての研鑽を積んだ経験を持つ髙橋さんは、人の「取るべき栄養」が厚生労働省の栄養基準表などによって数十年前から定量化されているにも拘わらず、一般の人にはその内容や重要性がほとんど周知されていないことに気が付く。そこで誰にでも分かる基準を示す必要性を感じたのだそうであるが、髙橋さんの姿勢において秀逸なのは「栄養を取るために食べるべきモノ」と「嬉しさを感じるために食べるモノ」の両方が人には必要であると捉えているところだろう。なるほど、言われてみれば食事はメディアであり、食べることもエンターテイメントである。この髙橋さんの視点には、実に「デジタルハリウッドっぽさ」を感じてしまった。
もう一つ注目すべきポイントは、髙橋さんの調査の中では健康に気を遣うべき「働き盛りの世代」が、必須ビタミンを始めとして栄養バランスを整える根幹となる「野菜」を摂取できていないということだ。ここで髙橋さんは、栄養という目に見えないものにフォーカスして、人々に自主的に食事内容を改善してもらうには「食生活を可視化する」ことが必要なのでは無いかと気づく。野菜不足自体の原因は単なる趣味嗜好では無く就労者の食事環境の問題や時代性によるものでもあるために、一朝一夕には改善できないだろうが、食生活の可視化によって「食べる側」に問題意識が生じるようになれば、一気に解決に近づくだろう。
更にその上で、単に食べるべきモノのToDoリストを並べるのでは無く、食べるコトについて「考える基準」を提供していこうと試みている髙橋さんの視点は非常にユニークで斬新だ。食事というコミュニケーションにおける、今後の「食のパターンランゲージ」構築と「考える食堂コンセプト」の確立に大きく期待したい。

 

「COVID-19下に於けるオンラインビデオを使った自己学習とグループ学習」 藤井 政登

ベテランのプロデューサー、エンジニアにして現役院生である藤井さんは、自らが大学院に入学してからの自己学習について、映像によるアダプティブラーニングやビデオ会議を使ったオンライングループ学習などによって自主的率先的に拡張していくことで、(特にCOVID-19下による制約の中での)自らの学習進捗におけるウィークポイントを解消し、円滑に学習を進めることが出来たという取り組みについて報告を行った。
藤井さんは特に最新のGit(分散型のソースコード管理システム)とTableau(データ分析、視覚化プラットフォーム)について知見を高めたかったとのことなのだが、そこで明確なゴールを設定し、何を習得すべきかのリストを作成し、学習を円滑に進めるための仲間を募り、結果を評価しながら学習を進めるという、実にロジカルな藤井さんの取り組み姿勢には眼を見張らされる。自分の求める知識を得るために学習ビデオを何時間分見ることになるかを積算し、効率を高めるためにそのビデオを1.5倍速から2倍速で再生しながら学習する。そして、「一人ではモチベーションの維持が難しい」と考えて、同じ分野の学習仲間をSNS等で募って共同学習の場を創っていくなど、さすがエンジニア畑の方という感じの取り組みである。
特に、学習の「内容」や教材やメディアの選定だけでなく、自らの「学習方法」と「ゴール設定や評価」についての分析が秀逸であると感じたが、こうした藤井さんの方法論は広く一般化できる下地を持っていると感じられた。
藤井さんはあくまでも院生として、つまり「学ぶ側の取り組み」という観点で今回の自己体験について報告を行われたが、この内容には実は教員側「教える側」にとっても参考になる、貴重な知見が多々含まれているのでは無いだろうか?
今後のwithコロナ社会がどう変遷するかは予測できないが、オンラインによる学習やビジネスコラボレーションへの需要はますます増え続けると考えられる。そうした中で、今後、藤井さんの自主的な取り組みが一つのモデルとして、大学院全体での学習メソッド向上に貢献していくことになれば素晴らしいと感じた。

 

「「玉城町子ども宇宙プロジェクト」実施報告」 徳永 修

デジタルハリウッド大学の学部の徳永教授が発表したのは、デジタルハリウッド大学と三重県玉城町が共同で実施した「玉城町子ども 宇宙プロジェクト」についての報告である。
これは、デジタルハリウッド大学と地方の小学校とを結んだ遠隔授業を行うと共に、その成果物の一つとして制作したモザイクアートを国際宇宙ステーションに(物理的に持ち込んで)公開したというユニークなプロジェクトであり、子供達の創造性、リモート学習環境、電子媒体、宇宙というテーマなど、様々な要素を組み合わせて独自性の高い取り組みを実現したところに、実にデジタルハリウッドらしさを感じるものだった。

 

「コミュニケーション教育におけるVR教材の効果的活用に向けて」 山崎 敦子

デジタルハリウッド大学大学院の山崎特命教授は、英会話スキルの育成においてVR技術が大きな力を発揮することを社会実験を通じて実証してみせた。
もちろん昨今のメタバースに関する話題の高まりなど、VR技術が今後様々な分野において活用されていく可能性は言を俟たないが、コミュニケーションの臨場感こそ、ライブの「会話」においてもっとも必要とされる要素だ。その点でも、不動産やエンターテイメントでは無いVR、メタバースの用途として言語習得が大きな市場になることを納得できる報告だったといえる。

 

その他にも、スタッフ側(入試広報グループ マネージャー)の小勝 健一さんによる「続・ポストコロナ時代のオープンキャンパス」と題したCOVID-19影響下でのオープンキャンバス開催についての取り組み報告、大学院の鈴木 由信特任助教による「プラグレスシステムを応用したインスタレーション」という、電力システムから独立したインスタレーションの制作というユニークなアート、「演奏工学」というテーマでの博士号取得を目指している加茂 文吉特任助教による「アバターとアイトラッキングによるライブ演奏システムの考案」など、独創的でユニークな発表を多数みることが出来た。
もちろん、時間の都合等で当日のライブプレゼンテーションが無かったものも多数あり、その他の多彩な研究内容については、公開されている『DHU JOURNAL Vol.09 2022』を是非とも参照頂きたい。
きっと興味を惹かれるテーマを見つけられると共に、デジタルハリウッド大学の懐の広さと人材の多様さに、高い将来性を感じられることと思う。

(KH記)

 

ダウンロード
(PDF )
【 報告】 録音時の音の波面を再現するオーディオシステムの実装

橋本 昌嗣 | デジタルハリウッド大学大学院 教授 / 株式会社エヌジーシー 代表取締役社長 / 北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携客員教授
冬木 真吾 | 日本コロムビア株式会社 スタジオ技術部長
青木 俊博 | 深い感性のテクノロジー研究会員
斎藤 智秀 | 株式会社エヌジーシー 社長付
村田 義満 | NECフィールディング株式会社 執行役員
宮原 誠 | 北陸先端科学技術大学院大学 名誉教授

ダウンロード
(PDF 1MB)
2021年度
【報告】 オンライン時代のコミュニケーション支援AIの設計

橋本 昌嗣 | デジタルハリウッド大学大学院 客員教授/ 株式会社エヌジーシー 代表取締役
堀 健一郎 | 株式会社飯綱エンタープライズ 取締役
小田 幸弘 | 株式会社エヌジーシー 開発部 部長
出雲 正尚 | 株式会社エヌジーシー 開発部
北岡 泰典 | 株式会社オフィス北岡 代表取締役
大塚 寛 | PST 株式会社 代表取締役/ デジタルハリウッド大学大学院 ゲスト講師
光吉 俊二 | 東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授

ダウンロード
(PDF 1MB)
2020年度
【Paper】 An Artificial Ego Architecture

MITSUYOSHI Shunji | The University of Tokyo, Graduate School of Engineering, Project Associate Professor
TOMONAGA Kosuke| The University of Tokyo, Collaborative Researcher
HASHIMOTO Masatsugu | Digital Hollywood University, Graduate School, Visiting Professor
TEI Yuichi | The University of Tokyo, Professor

ダウンロード
(PDF 4MB)
2019年度
【Paper】Some hypothesis to derive an anti-Einstein field

Shunji Mitsuyoshi | Project Associate Professor, the University of Tokyo
Kosuke Tomonaga | Collaborative Researcher, the University of Tokyo
Masatsugu Hashimoto |Visiting Professor, Digital Hollywood University, Graduated School
Yuichi Tei| Professor, the University of Tokyo
Tadao Nakamura | Emeritus Professor, Tohoku University

ダウンロード
(PDF 2MB)
2018年度
【論文】ウェブサイトおよびスマートフォンアプリケーションのサービス制作における、ユーザー理解の ためのプロセスを判断するフレームワークの開発

片山 智弘 | 株式会社電通
五十嵐 健祐 | お茶の水循環器内科 院長
デジタルハリウッド大学 校医 兼 デジタルハリウッド大学大学院 准教授
加藤 浩晃 | デジタルハリウッド大学大学院 客員教授

ダウンロード
(PDF 1MB)
2017年度
2016年度
2015年度
2014年度