2025年度

デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.12 2025』研究紀要論文発表会(2025年12月20日開催)参加レポート

 

 

はじめに

今年の研究紀要は12年目になり、日本的な言い方をすれば『干支が一回りした』訳であり、かなりの実績を積み上げてきたことになる。加えて、研究紀要編集幹事の山崎敦子特命教授の尽力の賜物と呼べる国際版(英語版)の発行も3年目を迎え、海外への情報発信も安定した体制に入ったといえるだろう。

ちなみに、今号には論文として採択された原稿の掲載が無い。これは論文として投稿された原稿も厳しい査読の結果、研究ノートとしての掲載に留められたからだ。ただし、これは決して今年度の投稿内容つまり研究内容が例年よりも劣っていたということでは無く、知見の掘り下げ度合いや原稿の完成度が論文として扱うべき基準に到達しなかったに過ぎないのだろうし、良くあるように微妙な内容でも論文扱いして水増しするような、ありがちな行為とは対極にあると思う。
これは、紀要の巻頭言で山崎教授がおっしゃっているように、「高等教育機関の学術誌として、一定の学術的基準を維持し、論文の質の維持と向上を重視している」からこその結果であり、つまりは大学運営の在り方に矜持とポリシーがあることの証左だと思えるのだ。
ともあれ、研究紀要に掲載された原稿は、研究ノートにも研究報告にもユニークな視点や取り組みの紹介が満載されている。特にデジタルハリウッド大学の大きな特徴である、職員と教員の連携による教職協働を体現したような研究発表が今年も多く見受けられることは特筆しておきたい。
また、例年同様ではあるが、国際版には英語で記述された投稿が掲載されており、決して単なる日本語版の英訳では無いということもデジタルハリウッド大学の研究紀要ならではの特徴といえるだろう。つまり、それぞれは独立した内容である。是非とも、研究紀要の日本語版と国際版の双方に目を通して頂きたい。

 

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【研究ノート】体験型空間コンテンツのプロトタイピングシステム
川名 宏和|デジタルハリウッド大学大学院 特任准教授
後藤 征章|大学事業部 大学院運営グループ チーフ


最初の発表は、川名特任准教授によるコンテンツのプロトタイピングシステムという、実にユニークな着眼点での発表である。
空間に作用するデジタルコンテンツが著しく増加し拡張している現在、デジタルハリウッドの特徴の一つである、サイエンスとエンジニアリングとアートとデザインの融合もしくは領域の横断による新たな気づきや学びを学生達に体験させていく中で、川名特任准教授らは学生達による新たな取り組みにおいて「テクノロジーの習得が障壁になる」と考えた。誤解の無いように書き添えると、これはデザインやエモーションにフォーカスした取り組みに向き合う学生にとって、それを実装するためのテクノロジーの習得や知見の獲得が大きな負担になる、という意味だ。実際、なにか作ってみたいアイデアを思いついても、それを実装する専門知識がないと作りたいモノまで到達できないというのは多くの人がぶつかる壁だと思うし、デジタル技術の場合はハードウェアとソフトウェア共にその閾値というか、特に初期段階でのハードルが高い。
そこで、川名特任准教授らは、その負荷を軽減させることを目的として、学生向けにコンテンツのプロトタイピングシステムを提供し、デザイン分野でのプロトタイピングをシステム化することで、インタラクティブメディアにおける創作内容の構想や編集や空間利用の工夫といったアイデアに集中できる学習環境を構築することを目指した。
その取り組みの詳細は研究紀要を読んで頂くとして、川名特任准教授らはオリジナルのハードウェアとソフトウェアによる体験型空間コンテンツのプロトタイピングシステムを組み上げ、それをデザインエンジニアリングの授業で4年間継続して評価したという。
その結果として、エンジニアリングの障壁を取り払うことで、学生達は体験型空間コンテンツの創作に気軽に取り組めるようになったそうだ。テクニカルな部分を作ることの大変さを払拭された学生達は、自分から工夫して色々なことに取り組み始めたそうで、それ自体が、このプロトタイピングシステムの必要性と素晴らしさの両方を物語っているといっても良いだろう。
川名特任准教授のいう、「エンジニアリングの部分は圧倒的に時間を消費する・・・そこをカットすることで、試行錯誤や工夫がドンドンできるようになる。つまりモノづくりの基本の部分が進む」という説明は、かつてプログラム言語の習得に苦労した経験のある自分としても、実に腑に落ちたのである。
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【研究ノート】生成AIによる機材貸出管理の現場型DX事例
沖 昇|大学事業部 大学院運営グループ / 産学官連携センター


発表者である沖氏は大学運営側の業務を担当されているのだが、その中で、少ない職員リソースを割かれている機材の貸し出しというパートをAIで効率化できないかと思い立ったそうだ。これは、学生達が制作活動に必要とする機材を大学側が都度貸し出すという仕組みなのだが、従来は機材の予約がすべて物理的な往来と紙への記入で行われていたため、学生側もスタッフ側も相当な労力と時間を費やさざるを得なかったという。そこで、学生サービスの向上とスタッフ側の負荷低減、併せて属人的な作業ノウハウへの依存状態を解消すべく、AIの力を借りてシステム化することにしたそうだ。
その結果として、このシステムの導入によって概算で年間で70〜100時間程度が浮くことになり、その空いた時間は別の価値創造や学生サービスへ振り向けることが出来るようになって来ているという。機材貸し出しサービスを提供する側と受ける側の双方にストレスを無くすことの大切さと、コストや対応時間の削減など、それによって生み出される価値の大きさは研究紀要の研究ノートに書かれている通りなのだが、その他にも「思考のパートナーとしてAI活用」など、AIエージェント活用を「実践してみた」経験ならではの気づき・ノウハウが多く記載されていることにも着目したい。
沖氏がいう通り、「現場のDXは(現場を知っている)現場の人にしかできない」だろうし、そこで「AIの活用によってプログラミングが出来ない人間でもDXが出来るようになる」ということは、今後は社会のあらゆる場面で、「その課題に直面している人自身によるDXでの問題解決」が出来るようになる、ということだ。そして、ご自分で「プログラミングが出来ない」という沖氏の成功事例が示すように、AI活用によるDXの最大のポイントは、実はそこにあるのだろう。
そして、こういった取り組みをフレキシブルに、かつ相当な速度感を持ってチャレンジできるデジタルハリウッドの体制と文化は、是非ともいろいろなところにも見習って欲しいものだと思う。

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【研究ノート】契約管理におけるブロックチェーン信用基盤(Blockchain Trust Infrastructure for Contract Management)
藤本 浩司|デジタルハリウッド大学大学院 院生

<この研究ノートの掲載は国際版のみとなっていることに留意されたい>

FORTRAN全盛の時代から、長らくITとインターネットに関わってきた藤本氏の発表は、ブロックチェーン技術を利用した契約管理基盤によって、現状のデジタル社会で大きなウィークポイントとなりつつある「プラットフォーム依存の構造」、つまり本来は分散型であったはずのインターネットを覆う中央集権型のサービス構造から脱却できる仕組みを実現することだ。
確かに現在のインターネットで覇権を握るサービス群は、いずれも巨大なプラットフォーム企業によって提供されているものばかりであり、藤本氏のいう通り、それらが「データ主権の喪失やサービス継続性のリスクプロセスのブラックボックス化」といった問題を内包していることは周知の事実である。
そこで藤本氏は、既存プラットフォームに依存する構造から脱却すべきアプリケーションの一つとして「契約管理」にフォーカスし、第三者では無く当事者が自ら検証する仕組みの実装を考えた。なぜなら現状では「各種の電子契約サービスも第三者に依存している姿は変わらず、紙が電子データになっただけといえるから」だそうだ。
その検討の詳細は研究紀要を読んで頂くとして、藤本氏のいう自律分散型組織による「自己主権」の実現と「価値交換と信用を支える社会基盤作り」を目指すビジョンには大いに興味をそそられた。

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【研究ノート】生成AI時代のアニメ産業における進化的エコシステムの不在とデジタルゲーム産業との比較
森 祐治|デジタルハリウッド大学大学院 教授


昨年と同様に、コンテンツ産業のあり方にフォーカスする森教授の今年の発表は、「アニメ産業」が「生成AI時代」の到来によって、どのような波を受けることになるのか?という視点での洞察であり、研究ノートのタイトルが物語っている通り、国内のアニメ産業は「デジタルゲーム産業」と比較して「進化的エコシステムが欠けている」という鋭い視点で現状を読み解いていく。
森教授は、国産アニメのエコシステムはTV放送を基盤としており、アニメ作品を作って放映し、それをグッズ化するといったエコシステム自体はうまく機能していて、ファンの人たちが楽しめる世界が出来ているが、それをもっと効率よくするとか人手不足を解消したいとか考えた時に、その解は「イノベーション」しかないという。
ところが、国産アニメの制作プロセスには、イノベーションを入れるような仕組みが全くなく、しかも(TV放映を前提とした過密なスケジュールによって)常に時間に追われているので、そもそも新しいことに取り組む余裕もないのだそうだ。
そこで、アニメ産業の最先端にいる森教授が、その解決策を探すためにデジタルゲーム業界を観察してみたところ、ゲーム産業にはイノベーションを引き起こす「エッジ」が要所要所に食い込んでくるようなエコシステムが存在しているが、アニメ業界にはそれがない(乏しい)という事実に気が付く。
これは、ゲーム産業においてはゲームそのもののクリエイター集団のみならず、開発用プラットフォームを提供するソフトウェアベンダーや、新たなアルゴリズムを生み出す(あるいは生み出したい)開発者や表現者など、ゲームコンテンツ周辺の様々な人たちを巻き込んでゲームを進化させているのに対して、アニメ産業においてはそうした「周辺との関わり」がほとんど無いことに起因するらしい。
例えば、森教授の調査によると、ゲーム関係の学会ではクリエイターと第三者がタッグを組んだ「共同発表(イノベーションを引き起こす種といったところだろうか)」がかなりのパーセンテージで存在しているのに対して、国内のアニメ系学会では、そうした学術関係やベンダーとの共同発表が皆無に等しいのだという。これはつまり、アニメ制作に関わる人々や企業やグループが、それぞれのユニットごとに固まってしまい、外部とコミュニケーションやコラボレーションをしていない、そうした場を提供できていないことの現れのようである。
しかし、逆にいえばこれは、アニメ産業においてもゲーム産業と同様に「学会や大学などとの協同研究などが、イノベーションの切っ掛けとして有効かもしれない」ことを示唆しているという。
また、今はまだアニメ制作会社におけるAI活用は、背景や一部のアクションシーンの作業を置き換える役割しか使われていないそうだが、今後は、AIがあることを前提にしたAI-BPR〜AIによるビジネスプロセス・リエンジニアリング(アニメ産業においては制作プロセスのリエンジニアリング)〜を取り入れていくことでブレークスルーを発生させることも可能になると考えられるそうだ。
森教授の分析と思索の本質的な部分については、是非とも研究紀要で確認して頂きたいが、産学協働、分野の横断と融合、異文化のマッチングこそは、デジタルハリウッドが本領を発揮する場だ。この森教授の思索がさらに深掘りされて、国内アニメ産業の新しい萌芽へと繋がることを切に願ってやまない。
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【研究報告】デジタルハリウッド大学における障がい支援の歩みと取り組み
中村 真子|大学事業部 学部運営グループ


大学運営側スタッフである中村氏の発表は、学生への障がい支援の取り組みについてだ。そうした取り組みは『公平性、継続性、透明性を確保するために制度化する』ことは必須であろうが、発表の中で中村氏ご自身も仰っていた通り、個人の身体性に関わる課題はケースごと(あるいは個人ごと)に個別の対応が必要とされることも多く、組織としての一貫的な取り組みが非常に難しい。
その発表の中で中村氏が取り上げた大きな課題が、「教員の半数以上が非常勤講師であること」だというのは意外だった。しかしいわれてみれば、情報共有や対応の平準化という観点から見ると、共有できる時間帯が非常に限られていることが大きな障壁となるのは自明だ。
そこで、中村氏らは「1年生必修授業の英語科目」において支援情報の共有と連携の体制を構築するというアイデアや、属人的な対応から脱却するために、個人の判断ではなく組織としての合意形成で支援の透明性と公平性を向上させるといった取り組みを行ったそうだ。
中村氏のいう「誰もがクリエイティブな学びを深められる環境を構築する」というデジタルハリウッドらしさの溢れるビジョンの実現に向かって、より一層の取り組み拡大を応援したい。

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【研究報告】デジタルハリウッド大学新入生研修20年の振り返り
田宮 よしみ|大学事業部 学部運営グループ


日頃、国際交流を担当している田宮氏は、デジタルハリウッド大学設立の時からいらっしゃるそうで、今年で25年目だそうだ。どうやら初期の新入生研修がロサンゼルスで行われることになった経緯から、国際交流担当の田宮氏が新入生研修のコーディネーションを担当することになったようだが、幾たびかの変遷を経て新入生研修が国内で行われるようになってからもそのまま担当し続け、20年間に渡って新入生研修に携わってきたのは凄いことだと思う。
田宮氏曰く、大学設立当初から残っている人物が自分以外にいなくなったこともあり、20年間の研修の歩みを自分の記憶の中だけで無く、記録として残しておこうというのが今回の研究報告の寄稿に至った動機だそうだ。
その20年間の変遷については研究紀要から読み取って頂きたいが、各々の時代や局面において『実り多い研修』を実現するために、田宮氏を初めとする学部スタッフの方々が血の滲むような尽力をされてきたことが容易に見て取れる内容である。
研修の主な目的である「4年間の学びの動機づけ」と併せて、「学生自身の将来」について実際に考える機会を設けることや、繊細な年頃である「新入生の交友関係」をサポートする、「三つの知る」〜自分自身について知る、同級生について知る、大学や教職員について知る〜 機会を設ける等、「新入生研修というのは学校生活のための単なる知識の付与では無い」のだと、改めて認識することが出来たように思う。様々な点で、この研究報告は新入生研修に関わる他大学のスタッフの方にとっては、大いに参考になる内容であろう。
研究紀要の報告の最後に田宮氏が、「研修のあり方は常に決まった形である必要はなく、これからも学生にどのような体験をさせたいか、どのように成長させたいかを念頭に柔軟に研修を企画運営していくべきであろう」と書かれていたが、常に学生主体で考えるという、その方向性をぶれずに維持してきたことこそが、デジタルハリウッドの新入生研修が積み重ねてきた財産なのかもしれない。

 

(KH記)
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