2023年度

デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.10 2023』研究紀要論文発表会(2023年12月16日開催)参加レポート

はじめに

デジタルハリウッド大学の研究紀要論文発表会は、2023年度も駿河台キャンパスでの開催となった。
司会進行は例年通り、研究紀要の編集幹事である木原民雄教授である。

山崎敦子特命教授の尽力により、今回からインターナショナル版(英語版)も発行されることになったそうで、デジタルハリウッド大学の活動が広く世界へ向けて発信されていく原動力となるだろう。
大学院の紹介で語られたように、働きながら学ぶ社会人と、大学の学部からの進学と、海外からの留学生とが概ね1/3ずつのこの大学院において、年刊の論文集である研究紀要は、研究発表の力を国際的なレベルで育成する全学的な仕組みとして機能している。
また、2023年度から「デジタルマーケティング」「メディアプロデュース」「メディアアート特論」「情報倫理と情報哲学」といった科目を立ち上げ、さらに、2024年度は「アントレプレナー特論」「デジタルテクノロジー原論」「グローバルプロジェクト特論」などといった科目の新設を予定しているそうなので、今後も幅広い研究テーマの論文が集まりそうで楽しみである。
杉山知之学長のステートメントにもあるように、ありとあらゆるコトが試せるような自由さを人類は手にしつつある。そしてその自由をどう使うのか、そこでの倫理観、世界観、未来観が人類社会のこれからを変えてしまうのだという視座は、世界の全てのひとびとが意識すべきことなのではないかと思う。
まとめとして、木原教授から、この日の全ての発表が同じような切りくちで、自らが取り組んだ営みということを強調して研究活動が語られたようになっており、その共時感が作為なく現れた研究発表会となっていたことで、とても元気がでたとの感想があった。山崎特命教授からは、他での研究発表の催しに比べて、この発表会がとてもポジティブな雰囲気であったことの嬉しさが語られた。

この日の発表会では、会場の院生たちによって活発な質疑応答が行われたのもたいへん印象的であった。
なお、この日の発表にはピックアップされていない多種多様なタイトルも含めて、詳細は『DHU JOURNAL Vol.10 2023』に掲載されているので、ぜひそちらをご覧いただきたい。
この研究紀要の発行自体も今年度で10年目となっており、まさに節目の達成を感じさせる発表会だった。
(KH記)

 

「教育データを大規模言語モデルに学習させるための 社会的環境構築調査」藤井 政登

藤井氏の最終目標は個別最適化によって、それぞれの人が自分の好きなように生涯学習を行えるようになるという魅力的なモノだ。そのために、教育に関するスキルセットのデータによってLLM〜大規模言語モデルの学習を行い、教育関連の質問をすると適切な回答、この場合は個別最適化学習の具体的な方法論などが返ってくるLLMのエンジン制作を目標としているそうで、今回の報告はその実現に向けてのスタディという感じであったが、実に興味深い報告だった。データセットを揃えることからハードウェアの運用コストに至るまで、様々なポイントにおいて多大な苦労をなされている様子が伺えたが、同時に将来性と言うか、実現の手応えを十分に感じられた。「個別最適化こそが効果的な生涯学習の解である」という信念と、それを「実現する手段としてのLLMの活用」という明快な方法論を読み取れたようにも思え、ぜひ次年度も研究の進捗状況を報告していただきたいと感じる内容だった。

 

「成人向け食教育におけるコミュニケーションメソッドを用いたワークショップ実践ノート」髙橋 佳代子

栄養士出身であり、その経験を元に「食事」というメディアを通じて人と暮らしの多様性を考え、生きることを支援するというテーマに取り組み続けている髙橋氏は、昨年に続いて「成人のための食育ワークショッププログラム」の実践結果を発表された。今年の取り組みとして面白いのは、ワークショップにおいて調理や試食と言った実体験型の要素を入れずに対話型のプログラムのみによって実施したことだ。これは参加者からの提案がきっかけだったそうだが、結論として参加者同士の哲学対話などによって、十分にポジティブな行動変容を引き起こすことができたという。また、ワークショップの始めに「正解を持って帰ろうと思わないでほしい」と告げられているそうだが、「唯一無二の正解」の否定こそが、多様性を支える根幹ではないかとも感じられた。調理や試食のような実体験が言葉に代えがたいメディアであることも事実だが、参加者がまず「自分の言葉で話すことによる行動変容の方が大きい」ということが、髙橋氏自身にとっての大きな気づきになったという点が、実に興味深かった。

 

「情報圏の規範理論」前田 邦宏 The Normative Theory in the Infosphere MAEDA Kunihiro 

かつて『関心空間』というソーシャルメディアを立ち上げ、現在では「情報倫理と情報哲学」の科目を担当されている前田教授によって、情報圏の規範理論という興味深いプレゼンテーションが行われた。この情報倫理は一般的に言う情報倫理のイメージ、つまり「悪いことを防ぐ」ための枠組みではなく、逆に「世の中を善くする活動」について考え、行動していくことを示している。これは非常に前衛的な取り組みであると思えるためにとてもひとことで言い表せないのだが、金銭的利益や競争での勝利を目指すのではなく、「世の中を善くするためのモデリングをする」という前田教授のプレゼンテーション中に出てきた言葉が、そのアクションを最も的確に言い表しているように感じた。すでに「ビジネスモデル」という単語が社会に根づいてから久しいが、それに倣って言えば前田教授が強調する「善の循環図」について考えることは、「世界を幸福化するモデル」の構築とも捉えられるのかも知れない。「倫理」とは哲学であり、システムでもあるということを深く考えさせられた発表だった。

 

「Relationships between Success Skills for Young Professionals and Competency Enhancement in University Education: from the Perspective of PROG Test Measurements」Atsuko K. Yamazaki

山崎特命教授のプレゼンテーションは、若手専門家の成功スキルと大学教育での能力強化の関係をPROGテスト測定の視点から分析するというものだった。卒業後の社会が求めているスキルや各自が思い描いたように活躍できるかという点と、大学での教育内容とにギャップがあるのでは?という認識が増加してきているのは周知の事実だろう。では、大学側はどうすれば良いのか? まずは教育成果のアセスメントを行い、ちゃんと可視化して評価すべきではないかという所から考察が始まるが、それには卒業後の追跡調査が必須となる。それも、仕事における自主性や能動性、取り組みの姿勢といったメンタルなものと大学での教育内容にどのような相関があるのかを明らかにするのが目的だと言う。ちなみに分析内容の詳細は省くが、今回の考察データの元になっている「PROGテスト」というのはすでに多くの高等教育機関での採用実績があるそうだ。教育分野に限らず、長期的な視点での事後評価の大切さが注目されているのは昨今の世界的な趨勢だが、それを掛け声に留めずきちんと定量化して評価していくためには、こうした取り組みが必須となって行くではあろう事は容易に想像できる。

 

「『ホームカミングデー2023』から見出した新たな起点」楢木野 綾子

長年に渡ってDHUを裏方として支えてきた楢木野氏は、卒業生の交流組織である「校友会」のイベントについて報告をした。俗に言う「同窓会」を定期的、組織的に毎年開催している大学はごく普通であるが、それを単なるノスタルジーや想い出の確認でもなければ、卒業後の人脈作りだけでもない、「新しい創発を産み出す活動としての卒業生交流」を念頭に、ビジネスとクリエイティブの両面でコラボレーションが生まれるコミュニティを育てようという発想から始まっているところが、さすがのデジタルハリウッドである。特に感銘を受けたのが、このイベントに参加した各自が卒業後の関係性や相互認識を「アップデートする」という視点であり、日頃からまるで関係なさそうなモノをマッシュアップして新しいモノを生みだしているDHUならではの観点だと唸らせられた。今後、ホームカミングデーは毎年開催されるという話であるし、こうした取り組みにバックアップされることで、卒業生達の中で「全てをエンターテイメントにせよ!」の理念が社会に出てからもずっと生き続けていくのだろう。

リンク:DHU JOUNAL Vol.10 2023

(KH記)