TOPICSトピックス

デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.08 2021』研究論文発表会(2021年11月25日開催)参加レポート

2021年11月25日に開催された「デジタルハリウッド大学 研究紀要『DHU JOURNAL Vol.08 2021』研究論文発表会」に、参加された方から寄せられたレポートをご紹介いたします。

 

~はじめに~

感謝祭の日でもあった11月25日に、研究紀要の発表会が昨年に引き続き完全オンラインイベントとして開催された。研究者自身によるライブでの発表がなかなかに面白かったので、個人的な感想を交えて紹介してみたい。

この発表会は昨年も傍聴させていただいたのだが、昨年は新型コロナによる社会情勢からの必然としてオンラインイベントとして開催された側面が強かったように思う。もちろん、今年も新型コロナの脅威が解消されたわけではなく、研究者や学生の安全面からもオンライン開催となったことは必然なのだが、個人的には「オンライン開催のメリット」を昨年よりもさらに強く感じるものとなっていた。例えば、一人の研究者の発表に対する持ち時間は内容によって10分から20分程度と設定されているのだが、こうしたスピーディーかつ内容をぎゅっと「凝縮した」ような高密度なイベントに出来たことも、オンライン開催の大きなメリットだろう。これが物理イベントであれば、遠方に拠点を持つ研究者は(その前後の交流や他研究者の発表の傍聴などがあるとは言え)、10分の発表のために数時間を費やして会場に足を運ばなければならない。以前には、それは当然のことで疑問を持つことすらなかったのであるが、オンラインでの会議やイベント開催が「普通」となった今日では、移動のために費やす時間に向けられる目は厳しくなっていると思う。

加えて質疑応答の気軽さは、オンラインにしか実現できない環境だ。聴講している学生や院生には今回「チャット経由で最低一つの質問」が課されていた。学生や院生にしてみるとプレッシャーだろうが、発表会の立ち位置と役割を考えると必要なことだろう。なぜならば、「質問」が生じるためには、他者の書いた論文についての「興味」が自分の中に湧かなければならない。興味を持たないままで義務的に質問を出そうとすると、それは「Q&Aシート」に載っている代表的な質問例のようになってしまい、誰に対しての創発も生み出さないまま萎んでしまう。もちろん、自分にとって「興味の対象とならない」研究が沢山ある事は至極当たり前なので、そういう論文に対してなんとか質問を捻り出そうと苦労する必要はないのだが、他者による研究を「自分には関係ない」と表面的に流しているだけでは創発には繋がらない。他者の研究内容について思考することは、実は自分の研究対象を広げることでもあるのだ。

この発表会の座長であり、研究紀要の編集幹事である木原民雄教授が巻頭言で述べられているように、論文を書くために大切なことは「執筆技術」だけではなく、自身の研究成果をどう扱っていくかという「哲学的な問題」にも帰結する。つまるところ、それは「研究」と言う行為に対する姿勢の問題であり、論文発表は自らの活動姿勢のエッセンスなのだと思う。

 

各発表の紹介

<Paper: 反アインシュタイン場仮説にもとづく量子計算の人工自我への活用>
光吉 俊二 東京大学大学院工学系研究科 特任准教授(発表者)

人工自我の実現を始め、情報工学に止まらない様々な分野について精力的な活動を続けている光吉先生は、今回の発表でご自身の論文を要約する形で「四則和算による量子ゲートと人工自我」について発表をおこなった。
発表は、まず「論理」とは何か? という定義から始まり、従来の(西洋的な)論理学での「真・偽」の扱いに感覚的な不自然さを感じる組み合わせがあるということ、そして、それが実は量子の重なりと同じ性質を持つのではないか? という直感から、新たな量子論の発想に至ったようだ。
東洋的な揺らぎの認識を量子論に適応して世界を拡張する斬新な発想には、そのベースとなっている「反アインシュタイン場」という理論と共に、背中がゾワッとくる感覚を覚える。
私は、既存の概念を超えるものに直面した時に、自分の「脳が止まる」感覚を覚える瞬間があるのだが、かつてアインシュタインが相対性理論を発表した時やハイゼンベルクらが量子力学を取りまとめた時にも、最初に多くの人は同じように感じたのではないだろうかとすら考えてしまう。
これらの発想に基づく、新しい(これまでコンピューターメーカー等が取り組んできた量子ゲートとは全く異なる原理に基づく)量子ゲートの実現方法についての論文で特許がおりたとのことで、今後の実装が非常に楽しみである。
多岐にわたる研究の内容自体はとても私には説明できないので、研究紀要に掲載されている論文を読んで頂きたいが、それにしても、「独創的」という言葉は光吉先生のためにある言葉ではないだろうか? と思わせる発表だった。

 

<Paper: ゲーム研究におけるゲーム開発の選択肢の歴史>
ブランセ マイケル デジタルハリウッド大学 助教

ブランセ助教は、ゲームの開発・研究におけるリソースや知識獲得の困難さについての変遷を取りまとめた研究を発表された。
根底にあるのはゲーム業界の閉鎖性なのだが、それを生み出しているものが、ゲームを開発すること自体の困難さにあると言う。
つまり、必要なコストや時間、技術、知識などが膨大になりがちであり、従来はそれらの資産を「占有」していなければ利益を上げられなかったと言うわけだ。
それが、2000年代に入ってから、徐々にゲーム開発のフレームワークや各種の知見、データ等が、広く低コストに公開されるようになったことで、ゲーム開発・研究に取り組む際のハードルが低くなり、ゲーム開発がどんどん簡単になっているという。
また、長らく停滞していたプロフェッショナル向けビジュアル・スクリプティングの進化も見られるようになり、非プログラマーも容易にゲームを作れるようになることで、今後、ゲームの研究が大きく進歩すると期待できるとのことで、これはデジタルエンターテイメント分野に大きな比重を置くデジタルハリウッド大学、および大学院にとっても、楽しみな状況が生まれていきそうである。

 

<論文: ギターピッキング動作を可視化しリズム練習ができるメトロノーム>
加茂 文吉 日本工学院八王子専門学校ミュージックカレッジ / 東京工科大学大学院

発表者の加茂先生は、音楽分野には暗黙知が多く、実は多くの技能について「それができる理由が理解されていない」と言う処に着目し、音楽教育を洗練させる工学的な方法論について、独自の「演奏工学」という新しい概念で研究されている。
実際、音楽的な技能について、「なぜできるか? どうすればできるようになるか?」が論理的かつ明快にされていないと言うことであれば、当然ながら指導の方法も曖昧なものになってしまうわけで、これがアーティストの育成に対する世界的な課題だと言うことは容易に理解できる。
そこでギターのピッキング演奏を題材に、モーショントラッカーによる動作データのサンプリングなどを基に客観的に分析し、オリジナルな指導方法の確立にまで導いていることが今回の研究内容だ。
さらに凄いと思ったのは、自らの独自の理論を技巧習得のメソッドとしてまとめるだけでなく、「グルーブ・トラッカー」という実践的なアプリとして実装している点だ。
デモを見せて貰った感じでは、確かにこの手法とソフトウェアを利用することで、大きく演奏技術の向上を見込めそうな印象を受けた。
昨年に続き、人と音楽の関わりを広げる「演奏工学」という、これまでにない分野の創出される瞬間を目撃しているようで、実に興味深い発表だったと思う。

 

<研究ノート: 日本の若い世代における具体化・抽象化能力の不足とその原因についての考察>
渡辺 パコ デジタルハリウッド大学 教授

哲学分野をベースにさまざまな活動をされてきた渡辺先生は、近年、思考力〜ロジカルシンキングに対してのコミットを高めていらっしゃるが、今回は抽象化能力というテーマについての研究状況を発表された。
思考とは、抽象化と具体化の連続的な往復であるという興味深い視点をベースに、その抽象化能力〜つまり言い換えれば「世界をカテゴライズする能力」〜が、さまざまな課題解決力に直結しているのだと論じる。
確かに、自分を取り巻く世界をどう認識しているかと考えると、そこには無意識下での抽象化が常に働いており、その中から注意が向いた対象を選び取って、その具体化した情報を意識に上らせているのだという解釈は腑に落ちる。
渡辺教授は、学生や社会人にとって実践的な思考力を向上させるためのメソッドをまとめて、2年前に『56の質問カードで身につくプロの課題解決力』という著作として上梓されているが、それから2年経って、そこで紹介された「質問カード」が実際に使われてきた中で分かってきたことを中心に、今回の研究ノートをまとめられている。
なぜ抽象力が低下するのか?についての「検索」という行為に対する分析なども非常に面白いので、詳細については研究紀要を読んでいただきたいが、大まかに言えば「抽象化と具体化の能力不足が思考力の浅さを招くこと」、しかしながら「今はその効果的な訓練法がない」ということに気づいたという点が、今後、大きく育つテーマになりうる成果だと思えた。

 

<報告: オンライン時代のコミュニケーション支援AIの設計>
橋本 昌嗣 デジタルハリウッド大学大学院 客員教授 / 株式会社エヌジーシー 代表取締役(発表者)

オンラインコミュニケーションがノーマルとなりつつある時代において、橋本教授はオンライン講義特有のわかりにくさを解決したいという思いから、セラピストの認知行動パターンをモデル化した「NLP」をコミュニケーションの支援に応用できないかという発想に至ったようだ。
まず、橋本教授は人によってコミュニケーションにおけるビジュアル・オーディオ・キネティック(VAK)の中でどれに重きを置いているか、また情報として強く取り込んでいるか、(通常は画面越しの会話では検知しにくい)それぞれの強さを検出することで、円滑なコミュニケーションを支援できるのではないかということに着目する。
併せて様々な技術を活用し、対話者の声や表情を解析していくことで見えない感情を検出し、それらの解析結果を対話中の画面にリアルタイムに表示することで、今、オンラインで会話している相手がどんな感情を抱いているか? 視覚・聴覚・身振りなどの、どのインプットから強い印象を受ける可能性が高い人か? などを示していくことが可能になる。
今後、テストを重ねてデータを蓄積していくことで微表情をリアルタイムに分析できるようになっていけば、一般的なオンラインコミュニケーションの密度というか濃度を向上させるだけでなく、障がいを持った方へのケアや、各種のカウンセリングなどにも効果を発揮して、様々な活用が生まれるのではないかと思わせる。

 

<報告: 自動翻訳などのツールの発達と英語教育の在り方>
吉村 毅 デジタルハリウッド大学大学院 教授

自動翻訳や通訳ツールの発達で、外国語学習の必要性が減ったのではないか?という昨今の議論に対して、吉村教授は英語リテラシーが高い「高関与層」と「一般層」の両者に対する興味深いアンケートを実施された。
確かに、AI関連技術に基づく自動翻訳が発達著しい今日において、人間自身が英語学習に取り組む必然性が減少していくのではないか? という発想は、自然なようにも思える。正直に言って私もその方が有難い。
ところが意外なことに、吉村教授の予想にも反して、日常的に英語を使用する率の高い「高関与層」の回答者の方が、今後も「英語学習は必要であり」かつ「これまでとは違う英語教育の方法論が必要」だと考えていることを発見する。
これは、英語リテラシーの高い人々の方が、AI自動翻訳・通訳ツールの使用頻度も高いが故に、(リテラシーの低い人には気付けない)その限界を、すでに予測しているという、実に腑に落ちる理由だった。
高関与層がどういう理由で自動翻訳や通訳ツールに限界を感じているのかについては、ぜひ吉村教授の報告を一読していただきたいが、今後この知見と「課題感」を元にして、効果的な語学教育の新しいカタチが生まれてくるのではないかと期待される発表だった。

 

<報告: 少人数クラスのハイブリッド授業運営における教職員の協働と準備>
水木 凛空 デジタルハリウッド大学 大学院グループチーフ

自身がデジタルハリウッド大学大学院の出身で現在職員である水木氏は、大学院の運営に携わる職員としての立場から授業をサポートしてきた中で、どのようにハイブリッド授業を実施してきたのかを報告した。
関係者への満足度調査の調査からは大方の予想通りに、オンラインならではのコミュニケーション不足や配信品質の改善といった課題が現れてきたことに対し、バーチャルキャンパスの構築やSNSの全面活用などでの対応を進めたそうだが、その取り組みの中で、「テクノロジーはなぜ進化するのか?」という疑問を抱いたという。
例えば昨今、新型コロナの影響によって社会のデジタル化・オンライン化が(止むに止まれず)急速に進んだと言えるが、では今後、仮に新型コロナが完全に収束して過去のものになったとしても、社会は「コロナ以前」の姿に戻るだろうか?
「テクノロジーは後戻りしない」ということを意識して、受け入れ、進んでいくことが最先端にいるデジタルハリウッド大学大学院としてのあるべき姿であるという結論は、根底に流れるデジタルハリウッド大学大学院の常にチャレンジングな姿が垣間見られた報告だった。

 

<報告: デジタルハリウッド大学がコロナ禍で実施した2度目の完全オンライン新入生研修>
田宮 よしみ デジタルハリウッド大学 学生支援グループ

デジタルハリウッド大学の職員の田宮氏は、昨年に続いて2度目の完全オンライン新入生研修を実施した経験を報告した。
今年度のプランを立てるに当たって、まず念頭に置いたことが「昨年の繰り返し・焼き直しを避ける」ということだったという話には、デジタルハリウッド大学の学生に対する姿勢が強く感じられて好ましい。
確かに準備を進めて学生を受け入れる教職員側としては毎年の恒例事業であっても、「新入生にとって一度きりとなる研修において、どのような体験を提供できるか?」という観点を持つことは非常に大切だ。だが、そうした観点での学生行事を実施できていない学校が多いのではないだろうか。
報告内容で特に面白かったのが、研修の一環としてデジタルハリウッド大学の「超Wiki」づくりにチャレンジしたという事例で、しかもこれを研修日程の中だけで終わらない、卒業までの4年間運用できるものと捉えて課題化したと言う。
どうやら学生も教職員もひっくるめて内部の人々にとって非常に面白い内容になっていったらしいが、(私のように外部の人間には見ることができないとしても)そのままデジタルハリウッド大学の伝統アーカイブとして蓄積させていけば、他にないユニークなWikiとなるのではないかと期待させる。

 

ひたすら長い文章になってしまうので割愛させていただくが、
上記に挙げた以外にも、この発表会では興味深い報告や研究ノートの発表がいくつも行われている。

GREE VR Studio Laboratory, REALITY 株式会社の白井 暁彦氏による<ボイスチェンジャーサービスの研究開発を通したインターンによる次世代人材育成>では、日ごろ目に触れることの少ない企業内での人材育成の考え方や、その取り組みについて、とてもユニークな例を知ることができた。
石川 大樹助教による研究ノート<デジタルコンテンツ制作基礎動画教材の能動学修を促す授業手法の研究>は、「能動学修」というテーマで、知識や技術をただ与えるのではなく修得する道標を伝えていくような、斬新な教育メソッドの発想が面白かった。
特任助教である鈴木 由信氏(発表者)らは、<アーティストとファンのコミュニケーションツールとしてのオンラインフリーマーケットの活用>として、ご自身の体験に基づく「モノを介した心温まる交流」の一例を紹介されたが、これはマスマーケットの構造に頼らないアーティスト産直的なムーブメントを生み出すものかもしれない。
講師である遠藤 樹子氏は、<「たどくらぶ」多読ブックトークオンライン開催報告>として、英語学習の一環としての読書会のスタイルについて紹介された。この「多読」というコンセプトとそれに基づくメソッドは、英語力に難を持つ自覚のある私自身としても、実に興味深く感じる。
NHK放送文化研究所の研究員でもあるデジタルハリウッド大学 メディアサイエンス研究所の濵田 考弘氏は、<福祉テレビ番組における連動WEBサイトの有効性>というテーマでご自身の体験を語ったが、一方向にならざるを得ないテレビ番組にウェブという双方向性を持つメディアを組み合わせることで、制作側の予想以上に視聴者の実情を深く知ることができたという興味深い体験を語った。
学習支援グループ チーフの深澤 明日美氏は、<デジタルハリウッド大学におけるトップガン教育と実践>と題して、学生達にアウトプットの場を持たせたいという活動の中から、特に優秀な学生に対して集中的な「一種の英才教育」を施すことによって、他学生への波及効果を高めることができるのではないかと考え実践した、いかにもデジタルハリウッド大学らしさのある試みの経緯を報告した。

もちろん、ここで紹介した以外にも紀要全体には沢山の面白い発表が掲載されているので、ぜひ一読をお勧めしたい。

研究紀要の冒頭には、杉山 知之学長による『私のコンピュータ文化史 TOKYO1964 – TOKYO2020』というIT考古学的な面白い特別寄稿があるのだが、特に『Whole Earth Catalog』のくだりなど、世代的に重なる方であれば思わずニヤリとしてしまうのではないだろうか?

 

~おわりに~

研究発表会を傍聴し終えて思ったことだが、研究紀要の掲載内容が「論文・研究ノート・報告」と深掘り具合に応じて段階的な発表ができる仕組みになっていることは、特にデジタルハリウッド大学らしさを表しているように感じた。
この区分があるからこそ、若手の研究者や院生にとっても気軽にというか、軽いフットワークで研究内容の執筆や発表に取り組むことができるだろう。
もちろん、他の大学や学会においても発表内容の軽重によって扱いが違うのは当たり前なのだが、教授や研究者に留まらず、院生や職員も一緒になって「研究者目線」で自分の日常を深掘りしていく姿勢を感じるのは、デジタルハリウッド大学ならではの文化というか空気感のもたらすものではないだろうか?
論文に取り組む人間の多さは、研究機関としての土台を固めていく上で非常に重要なファクターなので、発表に参加しようという意欲が湧くことへの「気軽さ」は見過ごせない。
特に、「他では受け入れられにくいような先端的で萌芽的なテーマ」に対して大きく発表の場の門戸を開いていることこそ、従来の枠組みに囚われない研究機関としての伸び代を大きく持つデジタルハリウッド大学にとって「多彩なチャンスの溶け合う坩堝」をもたらすものだと感じる発表会だった。

(KH記)